遭遇編
第十話 三馬鹿、『霹靂』との道中にて
銀等級パーティー『霹靂』は犬獣人戦士のアラン、神官戦士のラルク、魔道士のミラで構成される三人組のパーティーだ。
三人共同じ村出身の幼馴染グループで、冒険者としては3年目だそうだ。先頃銀等級に昇格した事でそろそろ活動範囲を国外にも広げようかと路銀を稼いでいる中、ギルドから声がかかったらしい。
今回の調査依頼の発行元が国、それも比較的急ぎということもあって報酬も良いために軽い気持ちで引き受け―――。
「ちっ」
「おいおいアラン。舌打ちするなって」
「うっせぇなラルク。気に入らねぇもんは気に入らねぇんだよ」
その途中、馬車の中でリーダーのラルクは相棒の不機嫌さに辟易としていた。普段からこんなに気難しくは無いのだが、現在は非常に良くない状況だ。無論、黒鉄等級のお守りを押し付けられたからではない。自分達もそうした時代はあったのだし、獣人の本能がそうさせるのか、むしろアランは目下への面倒見が良いぐらいだ。
彼が不機嫌な理由は唯一つ。
「あら、冒険者なら使えるものは何でも使うべきではなくて?そうですわよね?お姉様」
「う、うん。そうだけれど………何か距離近くない?」
「良いじゃないですか女同士ですし。えぇ、女同士ですし………!!」
何と言うか、異物と想い人であるミラとの距離が異様に近いのだ。女性同士と加味してもなんだか不穏になるぐらいの距離感である。最初は微笑ましく見ていたアランも、段々とイライラが募ってしまって、さりとて異性が近寄っているわけではないので実力行使に出るわけにも行かずとフラストレーションを貯めていた。
無論、マリアーネからしてみれば女という立場と馬車の中という地の利を活かして己の欲望を発散しているに過ぎない。
このミラという少女、当年取って18歳ではあるのだが、本人曰くドワーフの血が入っているらしく体つきが少々―――言葉を包まずに言えば幼い。10歳前後ぐらいの身長に、しかし人間の血もあるせいか出る所はそれなりに出ているので所謂ロリ巨乳と言える体型になっている。
身も蓋もない結論を言えば、ルックスが百合豚にぶっ刺さった。
「おいコラ我儘娘、ミラに触るんじゃ………抱きつくな!」
「あーら嫉妬ですの?見苦しいこと。それに女の子同士ですしコレぐらいのスキンシップは普通ですわ」
「そ、そうかなぁ………あ、ちょっとマリアーネちゃん!くすぐったいよぉ!」
「すぅ―――ハスハスハスハスハス………!あーいい匂い………!」
「離れねぇかこの変態!!」
「やーんお姉様!むくつけき男に襲われてしまいますわぁ!!」
「アラン?―――めっ」
「ぐ、ぅ………」
「ぐうの音!私初めてリアルで聞きましてよ!!」
これはこれで親睦を深めていると考えよう、とさじを投げたラルクは御者の方へ顔を出した。
「悪いな、御者までやってもらって」
「気にすんなってパイセン。乗り物転がすのは俺の性に合ってんだよ」
御者台に座っているのはレイターとジオグリフだ。前世ではトラックドライバーだったレイターが手綱を握り、ジオグリフが地図を広げてナビしている。
「それより、ウチのが申し訳ないラルクさん。どうもここ最近、欲求不満だったらしくて」
「あぁ………でも何と言うか、いいよな女の子同士ってさ………」
『おっとぉ………?』
ひょっとしてこの世界でも百合豚が発生するのでは?と訝しむ二人に、ラルクは話を振った。
「ともあれ、コレだけ速度の出る馬と馬車を出してくれて助かった。………正直、間に合わないとは思うがな」
「まぁ、でしょうね」
「こんだけ飛ばしても2日は掛かる。おそらく何かあってからは丸っと10日、だからなぁ」
今2パーティーが乗っている馬車はロマネット大商会の新型(マリアーネによる知識チート適用済みで板バネが導入されている)で、馬も彼女が召喚術で出した馬型の魔物である。例の影の魔物が厳ついピカピカの馬車を牽いているのだから、見た目からしてもう魔王の馬車である。通りすがりの商隊に声を掛けられることはなく、盗賊などの襲撃にも遭わない。
通り過ぎる人々の悲鳴などを考慮しなければ、非常にスムーズな旅路である。
「まぁ元々が調査依頼だ。被害状況と、後は生き残りを数名でも助けられたら御の字だろう」
「実際、こういうことはよくあるもんなんか?」
「確かに村がならず者に襲われることは、帝都周辺でも少なからずある。だが珍しい。それに今回は新兵混じりの小隊とは言え正規軍も同道している輸送隊も出入りしている。俺が賊なら、まず狙わん」
「一時的な収入とその後の面倒臭さが釣り合ってませんしね………。そのまま国外に逃げているならまだ良いでしょう。被害者は可哀想ではありますが、そこは我々の仕事ではありませんし。問題は―――」
「魔物だな」
「ああ、開拓村とはいえ、一つの村、そして正規兵と冒険者をまるごと始末出来る魔物―――単独か群れかは不明だが、そんなのがいた場合だ」
レイターの言葉に、ラルクが頷く。
人間は確かに弱い。だが無力でもなければ無知でもない。いくら魔物に襲われたからと言って、伝令役すら出せないほどというのは考えにくい。その伝令役ももしもの時を考えて数人、別方向から向かわせるのが定石だ。それがただの一人も到達していないというのはあまりに不自然だろう。
考えられるのは2つ。伝令役の役割を知っていたか、もしくはそれすら飲み込むほどの大群だったか。いずれにしても、難局が予想される。
「お前らが使えることは聞いているが、無理はするなよ」
「命あっての物種とは言うからな。ま、ヤバくなったらケツ捲くるさ。俺は先生の判断に従うぜ」
「まぁ死なない程度に頑張りますよ。元々が調査依頼、そして私達の役割は伝令役ですから」
それを慮ってのラルクの発言だったが、二人は気負うこともなく肩をすくめるだけだ。
「流石に名のある所の出だな。理解のある判断で助かる」
「私達をご存知で?」
「有名だぞ、お前ら。ジオグリフは辺境伯の三男坊、マリアーネはロマネット大商会会長の孫娘、レイターは
「どっから漏れたんだ、その情報」
「そりゃ冒険者ギルドから」
「個人情報保護法―――は、あるわけ無いか………」
「まぁ、俺らも別に隠しているわけじゃないしなぁ」
「後、ゲロリスト」
『待って』
唐突に黒歴史を開陳されて二人は声を重ねた。
「いや、初登録でゲロ撒き散らしながら来たんだろ?俺はその場に居合わせなかったが、次の日の朝ギルドに来たらまだゲロ臭くて何でだって周りに聞いたのさ」
『誠にごめんなさい』
形勢不利と見て二人は即座に頭を下げた。
「まぁ、そんなに悪いことじゃないさ。冒険者ギルドがある程度の情報を広めるのは、その冒険者がどういう出自でどういう能力を持っているかを予めある程度周知させるためだからな。知っていれば、下手に絡むことも無くなる。特にジオグリフはな」
「まぁ、確かに。冒険者は出自を問わないですが、個人に柵がないとは言えませんしね」
ジオグリフ自身は特に侮辱されても何も思わない。前世での経験もあるので、『あーはいはい良かったでちゅねー』とスルーする技術もある。だが、個人としてはともかく家名であるトライアード家を侮蔑されると引き下がれなくなるのだ。
転生した直後は特に気にしていなかったのだが、この世界の文明度は中世、そして国政が封建社会そのものなのだ。命ではなく名を惜しめを地で行っている。まして貴族は国そのものと言える皇室からその地位を賜るもので、それを馬鹿にされるということは皇室に弓を引くのと同義である。ではそれを放置するのは、皇室に対する侮辱ではないかと論理が飛躍されて本来被害者である貴族家にも疑いの目が向かってしまう。それを否定するために、貴族家は己の家名を貶めた人間を全力で処断するのだ。
まぁ、パワーバランスの関係で実際はそこまで行かないことも結構あるのだが、貴族の実子はその可能性を常に意識することを教育されている。そろそろ実家も長兄に引き継がれてジオグリフの継承権は更に薄くなるが、三親等内の親族である自分がその問題を引き起こして放置すれば実家に累が及びかねない。だから冒険者ギルドのこの配慮はジオグリフにとっては有り難かったのだ。
「で?実際に会った感想は?」
「若いが、歳不相応な落ち着きがある。勘だが、出来ること出来ないことを既にしっかり分けてるだろう?」
レイターの問いにラルクはそう告げた。
「それから―――」
そして彼は背後に視線を向け。
「あぁ、もう!お姉様ちっちゃくて可愛い!好き!!」
「もう、しょうがないなぁ。よしよし。後、ちっちゃいは余計だよ?」
「いい加減ミラから離れろこの変態!」
「うっさいですわこの駄犬!お姉様にめっされたんですから嬉ションして這いつくばってなさい!!」
「んだとこのアマ!!」
「助けてお姉様ぁっ!!」
「アラン?―――めっ」
「うぐぅ………!」
「うぐぅとかどこのたいやき少女ですの?」
未だ続くじゃれ合いに、うんと1つ頷いて。
「―――噂通り、奇人変人の集まりか」
『アレと一緒にすんな!!』
その独白のような呟きにジオグリフとレイターは魂の限りに突っ込んだ。
正直、似たりよったりである。
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