第九話 三馬鹿の指名依頼とシリアスブレイカーズ


 ああだこうだとメンバーの増員が決まらない中でも日々は進んでいき、三馬鹿がいつものようにゴブリンの討伐依頼を片付け、結果を報告しに冒険者ギルドに顔を出したある日の夕刻。


 受付嬢のカルラからこんな話を持ちかけられた。


「調査、ですか?」

「ええ。青銅等級試験も兼ねた指名依頼になります」


 等級試験、と言われて三人は顔を見合わせる。


 現状、三馬鹿は黒鉄等級。冒険者のランクとしては最下位だ。この上に青銅、赤銅、銀、白銀、金、白金と上がっていく。そのランクに付随して受けられる依頼の内容の制限が緩和されていき、同時に報酬も割増されていくので、等級が上がることは悪いことではない。


 だが、唐突とも言える申し出に疑問に思ったレイターが首を傾げる。


「試験用、ねぇ。もうランクアップなんか?俺等」

「どう考えても黒鉄の戦績じゃないですよ、あなた方は」


 何しろ冒険者登録してからまだ二週間とちょっとである。


 駆け出しも駆け出し、何ならまだ採集依頼とか街の下水掃除依頼とか、そういう安くて嫌がられる仕事をしてなければならないぐらいだ。とは言え、採集依頼は初週に熟して飽きて、下水掃除に関してはマリアーネの実家であるロマネット大商会が新しい上下水道を国から委託されて数年前に敷設―――提案したのは実はマリアーネ自身であったりする―――したこともあって、『お嬢様にそんな事させれません』と突っぱねられた。と言うか冒険者ギルドにロマネット大商会から猛抗議が入った。無論、裏からだが。


 これに関して冒険者ギルド側も、家名からもしやと思っていた部分もあって三馬鹿の素性が改めて調査された。ジオグリフに至っては辺境伯の三男とは言え実子である。冒険者に身分は関係無いが、その背景の影響力まで無いとは誰も言えないのである。唯一気安く扱えるのは平民であるレイターであるが、彼も後日、実績的には白金と変わらないとされている金等級冒険者は『迅雷ガド』の弟子と発覚している。


 全員が全員、背景がやべー連中だと事ここに至って気づいた冒険者ギルドは、カルラを通じて彼等の仕事を討伐依頼へと誘導するようにした。さっさと実績積ませてランクアップさせるためだ。


 レイターは別にしても、ジオグリフとマリアーネは実家が実家である。冒険者としてある程度の実績を手に入れるか、もしくは飽きたら辞めるだろうとの判断だ。続いても実家から声が掛かればそちらに行くだろうから、冒険者生命としてはそう長くはない、と考えたのだ。そうでなくても、依頼の幅が広がれば帝都に留まらないで旅にも出るだろう。そうすれば、帝都の支部ギルドの胃にも優しいと。


「まぁ、ちょっと飽きが来てるのは確かですからありがたいですけれども」

「ははは………飽き、ですか………」


 とは言え、ここで冒険者ギルドの見通しの甘さが発覚する。


 この三人、どういう訳か超優秀なのである。通常、黒鉄時代の冒険者は皆が駆け出しだ。ギルド創設時当時は冒険者は自由が信条なのだから好きにやれ、と比較的野放しだった体制だが、昨今ではある程度ギルド側から補助を行っている。


 例えば採集、討伐を含む実地調査などの依頼は、初回に限りギルド斡旋の冒険者からサポートを無償で受けられる。最初の依頼で失敗するのは良いが、それで命を落としてはギルドとしても人的資源を失うことになるからだ。そこである程度のノウハウを伝授する―――というのが通例であった。所謂チュートリアルミッションである。


 無論、三人もその説明を受けていたが、馬鹿どもは二日酔いでそれどころではなかったので記憶からすっぱり抜け落ちていた。これは先は長くないかなぁ、と思っていたカルラであったが、実際には真逆の現象が起こる。


 毎日毎日ゴブリンやらオークやらを里単位で殲滅してはその証である討伐部位を大量にギルドへ持ち込んでいた。


 この背景がやべー奴ら、実力もそれなりに備わっていたのである。因みに、それなりという他評部分とその実態にかなりの齟齬があることを、未だ冒険者ギルドは認識していない。


「えぇと、依頼内容は帝都から南西、フェレスク大森林にある開拓村の調査になります。一週間程前から連絡が途絶えているんです」

「馬車で飛ばせば3日と掛からん距離だな。それで連絡が途絶えているってのは?」

「物資輸送隊を定期的に送っているんですが、隊が帰ってこないんです。最後に送ったのは一週間前になります」

「賊に襲われたってことは無いんですの?」

「冒険者の護衛は当然、大森林の開拓ですから国も関わっています。帝国軍の一部隊も訓練がてら護衛の任に就いていたんですよ」

「それが帰ってこないと………これ、少々黒鉄パーティの手に余るのでは?」


 ジオグリフの疑問にカルラが頷いた。


「えぇ、ですからメインはあなた方ではなく、銀等級パーティの『霹靂』の補佐という形です。調査結果次第で、その内容を持ってあなた方は先に帰還という形になります。内容次第では、帝国軍が出張ります」

「斥候がてらの先遣隊ということですのね。………帝国軍がよく承認しましたわね」

「葛藤はあったようです。ですが、まぁ………」

「軍内部の政治ですね」

「どういうこった?」


 レイターが首を傾げると、ジオグリフが肩を竦めた。よくある話だ、と。


「仲間の安否を気にして直ぐに援軍を向かわせるべきだって現場主義の派閥と、栄えある帝国軍が任務失敗などありえないから今は待つべしと面子を気にする貴族系派閥の争いだよ。喧々諤々、にっちもさっちにも行かないからその折衷案で、まずは冒険者に調べさせようってなったのさ」

「よくおわかりで………」

「辺境伯の三男坊ですから」


 貴族麾下の家臣団ですら外敵がいない状況だと派閥を作る。各貴族から送り込まれたり、実力で平民から成り上がったりする軍人が多々いる帝国軍など派閥の坩堝であろう。人が三人いれば派閥を作ると言われるのだから、集団になれば何を況や、である。


「そういうことでして、明日の早朝から向かって頂きたいんです、が………」

「歯切れが悪いですわね」

「正直、ジオグリフ様もおっしゃた通りいくら補佐でも黒鉄には手に余る依頼だと思っています。断っても試験が先送りになるだけですし、代わりのパーティにも当てがありますので受けないことも選択肢に入れてください」

「ほぉ………受付嬢としちゃ面白い判断だな?」


 カルラは勿論この帝都支部の意向を知ってはいるが、今回の依頼はミスチョイスだと思っている。それに、ここ二週間ほどこの三馬鹿と関わってきて、当初の酔いどれ共の印象から随分マシにはなった。


「貴重なんですよ、若くて判断を誤らない冒険者は。依頼達成率は10割、怪我一つしない、背景にも信があるとなると特に」

「あら、随分と信用されてますのね?私達」

「客観的事実に基づいた信用です。ですから、もう少し育つまでは大事にしておきたいと思ってますよ」


 実際、冒険者の多くが黒鉄時代に何らかの失敗をする。その原因は自他諸々ではあるが、大抵は判断を誤ったというものだ。成人直後に酒量を誤った馬鹿どもだから酷い目に合うかなと予測したカルラであったが、その予想は大きく裏切られた。それも良い方に。


 この三人の実力を直接見た訳では無いが、それ以上に要点を外さないのだ。ゴブリンの討伐依頼1つにも、そこから考えられる想定、討伐時の影響など細々と報告してくる。実際、オークを討伐した後で他の魔物が来ると予言めいた忠告をした数日後にカッティングバイパーと呼ばれる蛇型の魔物が出現した。難易度的には銀等級が1パーティか、赤銅等級が2パーティが必要なぐらいだ。


 そういった経緯から、カルラはこの三馬鹿には一定の信用を置いていた。


「で、どうすんだ?まぁ、先生のことだから受けるんだろうが」

「決定をしてくださいな、リーダー?」

「何で私がリーダーになってるのさ」

「そりゃ家柄も頭の出来も丁度いいからさ。俺は前に出てぶん殴るのが仕事だし、姫は配下の制御が忙しい」

「後方で弾幕を張りつつ戦況を俯瞰して、ここぞという時に超火力ぶっぱできる人がリーダーを張る方が得策ですわね」

「―――色々面倒になって如何にもそれっぽい理由で押し付けたね………?」


 もっともらしい理由に半眼になったジオグリフだが、二人はどこ吹く風で口笛なんぞ吹いている。


「―――はぁ。分かりました。依頼を受けます。明日の早朝、どこに集合すればいいですか?」


 ややあって観念したジオグリフは、依頼について詳細を詰めていった。その最後に、カルラに声を掛けられた。


「あぁ、それとそろそろパーティー名を決めてください」


 パーティー名、と三人は一瞬きょとん、とした後でぽんと手を打つ。そう言えばまだ決めていなかったと。


「―――どうする?ネタに振って『ジオと愉快な仲間たち』とか?」

「どうして私の名前をつけるのさ」

「リーダーだからですわ。嫌なら折角ですし敢えて『宵闇の烏ミッドナイト・レイヴン』とか中2っぽくしてみますか?」

「つけた直後は良いだろうが、後で振り返って悶絶するぜ、それ………」


 三人額を寄せ合って、ああでもないこうでもないと意見を出すが中々決まらない。


「どうしようか、いい名前はぱっと浮かばないや。リトルバ◯ターズとか超◯和バスターズとかサブカルネタは幾つか浮かぶけど」

「俺もサンニンジャー的な戦隊モノなら幾らでも行けるけど、オリジナルって難しいぞ」

「私もニチアサアニメなら浮かびますけど、野郎二人抱えてプリ◯ュアはどうかと思―――そう言えば最近、男子プリ◯ュアがスポットではなくメインで出ましたのでこれ行ける流れでは?」

『やめれ』

「シリアスが続かない子達ね………」


 言っている内容こそ分からないが、何となくネタに走っていることぐらいは察したカルラがぼそっと呟くと三人はカッと目を見開いて。


『それだっ!』

「え?」


 びしっ!とカルラを指差した。またしょーもないことを思いついたらしい。


「いいですわね。シリアスが続かない。もしくはぶっ壊す」

「真面目に真面目やるのは趣味じゃねぇしな。どうせなら、真面目に不真面目だ」

「ふざけた名前の方が気楽に活動できるよね。嫌になったら変えればいいし」

「えっと………?」


 そして三馬鹿は名乗りを上げた。


『パーティ名は………シリアスブレイカーズ!』


 かくして後に、『帝国が最強のパーティー』とか『地力のあるボンクラーズ』とか『冒険者ギルド帝国支部の理不尽トリオ』とか『トラブルメーカーズ』とか『秘密にしておきたかった秘密兵器』とか数々の迷声を得ることになる問題児パーティーがここに爆誕してしまった。


 ドヤ顔で名乗る馬鹿共を白い目で眺めるカルラは『信用するのちょっと早まったかも知れないわね………』と胸中で嘆いた。

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