第六話 三馬鹿の実力・マリアーネの場合
マリアーネ・ロマネットをそのまま見た時、老若男女問わず振り返らずにはいられない程の美少女である。
白磁のようなきめ細かい肌。キラキラと輝く長い銀髪。宝石のような緑眼。体つきこそ未だ年頃の少女のそれだが、やや早熟な色気を持っていた。身に纏うものもワンピースにストールとどう考えても冒険者の格好ではない。
佇まいから見て、深窓の令嬢という言葉がしっくりと来る。つば広の帽子でも被って、花畑か浜辺にでもいたほうが似合っていただろう。決してゴブリンが住まう洞窟にいて良いような少女ではない。
ジオグリフにしてもレイターにしても、見た目だけなら好みだ。銀髪美少女っていいよね!と何も知らなければ興奮していたことだろう。
しかし、彼等は知っている。
この二次元にでもいそうな美少女は―――。
『だが男だ』
「失礼な。生まれる前に工事完了済みですわ」
洞窟の最奥、その入り口で扇子を片手にマリアーネは心外だとばかりに二人をジト目で掣肘した。
「いやけどさ、中身がおっさんと考えると………」
「いや、うん。見てくれはいいんだけどね………」
「それはお互い様ですわ。貴方達だって今まで子供のなりを上手く使ってたでしょう?どっかの名探偵みたいに」
『う………』
確かに子供の立場を良いことに、あれれ~おかしいぞ~的な事はやった。子供が大人にまともに意見しても取り合ってもらえないからだ。実績を重ねて信用を得るまでは、何度も偶然を装ったものだ。
どうにも形勢が悪いと考えたか、ジオグリフとレイターは最奥の広間、その中心で起こっている事態に視線を向ける。
「それにしても、このサバト感………」
「うーむ、詠唱も百鬼夜行だったが………」
トロールを中心にゴブリンが円陣を組むようにしているのだが、問題はその外周部だ。彼等を取り囲むように獣の軍勢がいた。影で出来た獣の軍勢である。犬、猫、鳥、熊、鹿、猪、馬、鼠、猿、等々ここはどこの動物園だと突っ込みたくなるほど賑やかな混成軍がゴブリン達を取り囲んでいた。
いや、喰っていた。
それもただ食欲を満たすための食べ方ではない。耳を啄み、腕を食い千切り、足を齧る。まるで嬲るような追い詰め方に、ジオグリフとレイターはドン引きである。恐怖の表情を浮かべるゴブリン達に対し、混成軍はゴブリンよりも醜悪な笑い声を上げていたりする。
控えめに言ってどっちが悪役か分からない。
「ふふん。手が足りないから最初はゴーレムを召喚したんですけれど、よくよく考えたら別に他の魔獣でも行けると思ったんですの。そしたら色々と契約できて、今では72体との魔獣と契約しておりますわ」
「ソロモンかな?」
あれ実は獣の形をしてるだけで中身悪魔じゃないだろうな?とジオグリフが疑ったが、確かめようがない。しかもここでツッコミ役の一人であるレイターが自身の性癖に抗えなくなってマリアーネの足元で待機している影の猫に視線を移していた。
「でもいいよなー、モフモフ………。なぁ、俺も触っていいか?」
「どうぞ?」
飼い主の許可が出ると、猫が仕方ないなぁ、と言ったのそりとした所作でレイターに近づいて丸くなった。それに相好を崩したケモナーは手を伸ばして撫で始めた。性格に似合わず、優しい手付きである。
「おぉ、影なのにモフモフしてる………いいなぁ猫………。なぁ、召喚の契約って俺も出来るかな?」
「魔力を持っていて、それで召喚した魔獣を屈服させられれば可能ですわ。レイの場合、内側に使っているだけで魔力量自体は豊富ですので大抵の魔獣は従えられるかと」
「マジか。じゃあ狼!デカいやつが良い!黙れ小僧!って言って欲しい!」
「あー確かに、あの大きい山犬って、こう、全身でダイブしてみたくなるよね………」
「私はジオの
「いいよ。私はレイの身体強化覚えたいかな。火力でゴリ押しは出来るけど、至近距離まで詰められると自爆が怖くて手が限られちゃうから」
「おー、いいぞー。チート能力ないし、鍛えられる所は鍛えておかねぇとな」
この三馬鹿、実は既にこの世界の基準ではヤベー強さに片足突っ込んでいるのだが、分かりやすいチート能力が無いためか自己強化に余念がなかった。
「―――あら、もうごちそうさまですの?じゃぁ、お帰りなさい」
そんな風に三馬鹿が今後の方針を話し合っていると、影の獣達がぞろぞろとマリアーネの前に整列して伏せていた。その支配者に対する礼儀は、最早主に対する臣下のそれである。マリアーネが帰還の許可を出すと、獣達は自身の影に沈むようにして消えていった。
「それじゃぁ、我々も帰るとしますか」
それを見送って、ジオグリフも帰還を提案して―――はたとレイターが気づく。
「―――ところで、トロールの討伐証明ってどうするんだっけ?」
『―――あ』
広間の中央にはトロールは当然、ゴブリン達の残骸すら無く、ただ血糊が広がるだけであった。
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