第56話 激情
よし‼
「で、何でそんなことしてたんだよ。只の趣味か?」
俺が聞くと彼女はそうじゃないと小さな声で
「……
顔が見えなくても、声だけしか聞こえなくても、その言葉を言うのにどれだけの勇気が要ったのか如実に伝わってくる。何があったか聞いた後で引き返すことなんて許さないと、強迫されているかのようだ。
この場における最も正しい選択は、彼女の話を聞かなかったことにして目を逸らすことだろう。
でも、完全にとは言えないけど、いつかの雨の日に大きく変わったのだ。
「自慢じゃないけど、俺だって相当
俺が告げると、
「信じてるから」
と言って、彼女は己の内に溜め込んだ感情を吐き出し始めた。
「二年くらい前なんだけど、思春期の真っ只中で一番心が不安定な時期にネットへ上げてたんだ。コスプレってかなり見た目が変わるから、自分じゃない自分になることで母親の呪縛から解き放たれたような気分に浸ることが出来たの。私は
激情に駆られるまま紡いでいく雫紅の言葉は際限なく溢れていく。
俺には彼女が秘め続けた苦しみなんて理解出来る筈もない。
「でもそうやって友達が沢山居るんだって、友達と仲良いんだって、可愛くてチヤホヤされてモテるんだって、いつも
一体何をもって生活していると呼ぶのだろう。生きることが出来ていれば生活していることになるなんて間違っていると思う。
「でも私にとってはそれが辛かったし、ストレスでしかなかった。助けを求めるなんて出来ないし、吐き出す場所もなかった。出来ることなら信頼の置ける友達に相談したかったけど、
僅かな隙間が空いた背中越しで、雫紅が肩を震わせ小さく笑う。
何が
「だから母親から逃げるために自殺だって何度も考えた。睡眠薬の過剰摂取とか、ここからの飛び降りとかくらいなら割に簡単にできそうだったし。勿論他の方法も色々調べてみたんだよ?一酸化炭素中毒とか、薬物摂取とかね。でも結局そんな勇気は出ない小心者すぎて、出来たことはと言えば腕に傷を与えるくらい。あれってね?痛みはあるんだけど、緋い血がプチュプチュ出てくるのを見ながら、自分って最悪だなって思って切ると凄く気持ちが良いんだよ?これ豆知識ね?ともかく、苦しくって辛くって逃げ出したくなった時に死ねる人はすごいって思ったよ」
「……………………」
「ごめんごめん、困らせちゃったね。昼ご飯を食べたとき、
「そりゃあな」
「あのとき私は自分の嗜好調査証をどうしても見られたくなかったの。特に嗜好タイプに関する部分はね。だってそこにはこんな私を象徴するかのように、空白が広がってるんだもん」
そして締めくくるように言う。
「だから陽気で可愛くて男子の憧れの的なんて、そんな女の子は現実にいないの。幻滅したでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます