第51話 閉じ込められたあの頃

「どうぞ」

「一体何冊くらい有るんだよこれ」


 雫紅しずくが引き抜いた箇所を見ると、本棚の半分以上が虫食い状態になっている。

 本棚の半分以上がアルバムってそうそう無いぞ……。


「えっと私の年齢が一六だから一二冊か一三冊くらいだと思う」

「もう写真集として売ったらどう?儲かるんじゃね?」

「お次の商品は私の写真集。子供の頃から今の私まで、魅力的な私を見放題。値段は一冊一〇万円からでーす。それではどうぞ!」


 ノリノリで進行を続ける雫紅はなんだか楽しそうだ。


「二人しか参加者のいないオークションほど虚しいもんないぞ」

「その僅か一名の参加者が私の熱烈なファンだから全部捌さばききれるよ」

「なるほど、なにせ雫紅は才色兼備だもんな」

「え、気持ちわる。小指でも打った?」

「頭打てよ!むしろ痛いわ!」


 扉の角でじゃないのよ。


「てことで今日の深夜〇時までに現ナマで二〇〇万だよ?持ってこれなかったら分かるよね?」

「何されちゃうの⁉」


 さらっと値段増えてるし。

 カーペットの上にうずたかく積み上げられた、予想だにしない量のアルバムを眺めると気が滅入めいってくる。わざわざ出して貰った手前今更断るのも気が引けてしまい、俺は雫紅が引っ張り出してきた座布団に座って記念すべき一冊目を開いた。

 アルバムは一ページに六枚の写真を収めるポケットが付いており、見開きで一二枚を収納できる構造のようだ。一冊大体一八〇枚くらいにまとまる計算になる。

 背表紙に丁寧な文字で〇歳と書かれたこのアルバムには、笑顔に溢れた乳飲ちのみ子が、揺り籠の中でおもちゃとたわむれている写真を中心に記録されていた。中には口元に細くよだれを垂らして、あどけない姿を撮影した写真もありほっこりする。


「これ人に見られるの超恥ずかしいね。体がムズムズする」

こうか?」

かゆみじゃないし!場所次第ではセクハラだからね⁉」


 一冊一冊じっくり眺めていると時間がいくらあっても足りないので、速度を速めて二冊、三冊とどんどん読み進めていく。そこにはまだ四つん這いでハイハイしている写真もあれば、おぼつかない足取りで歩こうとする場面を撮った写真もある。小学校で運動会をしている写真があるかと思えば、中学で文化祭が行われたときの写真もある。

 最後に開いた背表紙が一六と記されたアルバムには二ページ半、つまり三〇枚程の写真が挟まれていた。そこには微かながらこの部屋のベッドが映りこんでいて、被写体は鳴染高校の制服を着た雫紅の姿だった。

 一人の少女の人生を追体験したような長い旅が漸く終わり、最後のアルバムをパタンと閉じると、膝の上に置いてハアッと息をつく。

 疲れた。

 大長編の文学作品を読み終えた後くらい疲れた。


「お疲れ様~」

「これでも全部じゃないってのがゾッとするわ」


 そう。どうにも四歳五歳近辺の写真集がなかったらしく、砂場で遊んでいた少女が次のアルバムに移った途端、いきなりランドセルを背負い始めて驚いた。

 序盤こそ遠目から撮影された写真も、背景がほとんど無いアップの写真も混ぜこぜになっており千変万化の表情が存在していたのだが、小学校辺りの写真からはアップ写真ばかりになっていて、全ての写真が一等星の笑顔に輝いていた。

 可憐で素晴らしい写真の数々だったと思う反面、大きくなってからでも様々な表情を撮っていればより一層楽しめたんじゃないかと残念に思う。


「最近のはともかく、アルバムって久々に見ると面白いね~。昔の自分がどんなだったか一目で分かるし、忘れていた記憶も蘇って懐かしむことが出来るよ。それで感想の程は?」

「やっぱり小さい頃から可愛かったんだな」

「はい、ロリコン発言いただきました!」

「待て待て待て待て。ロリの分類に入らない時期もあるだろうが」

「じゃあミックスコンプレックスと言うことで間違いないね?」

「大間違いだ!」


 そんなコンプレックスがあってたまるか。


「いやあ、でもほんと私って昔っから最高に可愛かったんだね。…………吐き気がする」

「なんだよ急に。気分悪いならトイレを摘みに行ってこいよ」

「混ざってる混ざってる!トイレは摘むものじゃないよ⁉」


 言いながら雫紅はアルバムの山に一瞥をくれ、本棚の元の場所に順番通り並べていく。


「楽しかったんじゃなかったのか?」

「楽しかったよ?昔を思い出すこと自体はね。でもやっぱり量産型の笑顔なんて見ても、気持ち悪いって感想しか出てこないや」

「なにそれ」

「気になるなら後でもう一度小学校辺りから見返してみれば良いよ。行事の最中に撮られた写真じゃない限り、全部同じ笑顔が張り付いてるからさ」


 全部同じ笑顔というのは作り笑い的なことだろうか?

 しかしそんなことは物理的に不可能だろうし、俺が見た限りではどれもごく自然な笑みを浮かべていて実に楽しそうだった。

 アレが作り笑いだというのなら、一種の職人か笑顔ソムリエになれそうだ。


「厳密に言えば同じでもなかったか。年を重ねるごとにどんどん巧くなっていってたから、我ながら生まれもった才覚にゾッとしたよ~」


 自嘲じちょう気味に吐き捨てる彼女の目は何かを諦めたかのように死んでいる。

 死ねるなら今すぐにでも死にたいと言わんばかりの陰鬱いんうつなオーラを放つその少女が次に発したのはこんな言葉だった。


「ねえ、私とかくれんぼしない?」


 全てを詰め込んだ最終章に響くオルゴールの音。

 物語を締めくくる音色は深海で一人、孤独なまま息絶えるのを待ち望むようにどこまでも暗く、どこまでも悲しい。

 終幕は目前だ。

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