第50話 談話

 眠りから醒め、雫紅しずくが用意してくれた晩飯を堪能し、皿洗いを手伝うと時刻は二二時。


 まだまだ今夜は終わらない。


 風呂から上がって制服から私服に替わった彼女は髪も下ろしていて、服と髪型が変わっただけでこんなにも雰囲気が変わるのかと驚く。

 学校では見ることが無い姿だからとても新鮮だ。


颯希さつきはさ、小学校、中学校時代どんな生徒だったの?」


 ソファの上で温かいお茶を飲み二人してまったりしていると、ふとそんなことを問うてくる。

 小学校、中学校かー。

 寝てた記憶しか無いな。


「一言で表すなら怠惰な生徒かな」

「キリスト教における七つの大罪の一つを冠するとは、中々の問題児だね」

「いやいや、それはそれは極めて手の掛からない生徒だったと自負してるから」

「本当に~?」


 目を細め、疑わしげな眼差しを向けてくる雫紅に対して、俺はなぜ手が掛からないのか説明していった。


「あくまでも一言で表すなら怠惰になるって話だぞ。まず国語の時間は教科書の音読を子守歌に寝るだろ?算数の時間は公式の読み上げを子守歌に寝るだろ?社会は用語の数々を子守歌に寝るだろ?理科は実験の説明を子守歌に寝るだろ?英語は解読不能言語を子守歌に寝るだろ?とまあこんな風に手が掛からないんだ」

「手が掛からないんじゃなくて、見限られてるの間違いでしょ」

「いやいや俺の凄いところはここなんだよ。指名されたときはちゃんと答えるし、提出しないといけないプリントはちゃんと解くんだ」

「それって先生に怒られないよう立ち回るただのビビりだよね?」

「…………」


 いやまあ、そうだけど。そうなんだけども。

 先生の前で堂々と寝れないから、結局中途半端な睡眠で頭が痛くなるんだけども……。

 折角俺が武勇伝風に語ってるんだから、たった一言で雰囲気をぶち壊さないで欲しい。

 少し誇張して見栄を張りたくなる男心ってものが雫紅には分かってない!眠気も飛んですっきりしたせいか饒舌じょうぜつになっている。


「そういう雫紅しずくは小さい頃どんな子供だったんだよ。アルバムとかないの?」


 友達もろくにいないような俺とは違って、色んな人に好かれている彼女がどんな生活を送ってきたのか、純粋な興味も湧いたので聞いてみる。


「アルバムはあるけどあんまり見せたくないなあ」

「なんで?」

「昔の思い出って掘り返して恥ずかしくなることが多いでしょ。嫌な記憶がよみがえることもあるし。颯希には経験無い?人に見られて恥ずかしい思い出とか」

「まあそれについては深い言及を避けようかな」


 五秒考えただけで二個思いつく自信はある。

 恥ずかしいことも後悔も含めて、黒歴史という形で多分に経験してるからな。


「でしょ?だから私のアルバムを見たいならそれ相応の理由が知りたいの。颯希はなんで私の過去を知りたいの?」


 過去を知りたいって言うか純粋な興味なんですけど……。

 それにずっと残る違和感として、会ったばかりの俺になぜここまで密接に接することが出来るのか不思議で仕方ないというのもある。パーソナルスペースが狭いのだと予想していたが、それだけでは説明の付かない理由が何かある気がするのだ。

 よって、強いて言うなら、


「もっと雫紅のことを知りたいから」


 ……まるで好きな人に言うかのような台詞になってしまった。

 俺の考えを素直に表現しただけでここまで恥ずかしい言葉になるとは。

 気持ち悪がられることは無いと思うが、もう少し言葉を吟味ぎんみして厳選すれば良かったと頭を抱える。


「つまらない写真ばっかりだと思うけど、それでも良いなら見てみる?ただし学校で誰かに広めるのはやめてね」

「大丈夫、広める友達は一人たりとも居ないから安心しろ」

「自分で言っちゃうの⁉」


 いや、一人居たな。


「訂正、変態以外居ないから安心しろ」

「その一言で一番安心できない要素が追加されたんだけど……」

「いや、やっぱあいつ友達じゃなかったから大丈夫だわ」


 俺は雫紅の後に付いていき、彼女が普段使っているという和室へ訪れた。

 そこにあったのはノートパソコンが置かれた小学生が使いそうな勉強机や、教科書に本、アルバムが目一杯詰め込まれた本棚、その他の雑貨が整理された収納ボックスだった。

 整理整頓面に関して俺の部屋との差がありすぎる。

 それだけ整理されているためか彼女は迷うことなく目的の物を本棚から取り出していき、ふうっと息を吐きながらどさどさと俺の前に置いていく。

 どんどん積み上がっていくアルバムの数を見て俺は思った。


 多くね?

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