第48話 男のメイドの誕生会

 俺がいぶかしんでいるのを悟ったのか、雫紅が口を尖らせて不満を垂れる。


「そんな警戒しなくても何もしないのに」

「だってなあ……」


 俺がぐだぐだ悩んでいるとごうを煮やしたのか、彼女は肩と背中を押して立ち上がらせようとしてきた。


「ほらまずはお風呂に行ってきなよ。覗いたりしないからさ」

「いや、本来それ当たり前の事だからな?」


 わざわざ言われるまでも無く、端からそんなこと気にしてなんていない。


「え、まさか一緒に入りたいとかじゃないよね……?石鹸プレイとか要求してこないよね……?」

「そんなお肌つるつるになりそうなプレイ求めねえよ!」


 ちょっと気持ちよさそうだけど!


「何にせよ、入っちゃえばもうどうでも良くなって、一晩くらい泊まる気になるよ~」


 雫紅しずくに背中を押されてペンギンみたいによたよた歩きながら、俺は強制的に風呂場へと向かわされる。

 風呂場に隣接した洗面所まで来たところで、背中にあった手から押し出されるような衝撃を受け、俺はバランスを失いかけた。

 テテテっと傾いだ体を安定させ振り返ると、脱衣所と廊下の仕切りを隔てて向こう側に雫紅がいる。


「バスタオルはそこのを使って。服は後から見繕って適当なの持ってきてあげるから心配しないで~」

「分かった。出来れば黒っぽい服が良いかな」

「おっけー。それじゃごゆっくり~」


 手を振り、笑顔で見送ってくれる彼女を見ながら俺は呟いた。


「いや、閉めろよ」




 雫紅しずくめられた!

 俺はバスタオルを肩に羽織り、丁寧に折りたたまれた黒い服を手に取りながら愕然がくぜんとして項垂うなだれる。

 椅子が置いてあったりシャンプーの種類が違ったりと、自宅とは違いを覚える風呂にテンションが上がり、意気揚々いきようようと風呂から上がってみるとこれだ。

 確かに、確かに俺は黒っぽい服が良いとは言った。言ったけどもこの仕打ちはあんまりだと思う。

 いや、雫紅に任せっきりにした俺も悪いのだろう。それに泊まらせて貰う身でありながら図々しいのだとも思う。

 でも、でも。

 

 メイド服は無い‼


 上質な質感から大変高価な代物であると推察されるそれは、一般的に女性が着てこそ意味があるのだ。男の俺が着たところで何の魅力も湧かない。

 だけどもし、本当にこれしか俺が着ることの出来そうな服が無いのだとしたら、わざわざ持ってきてくれた雫紅に対しても申し訳ないし……。

 ………仕方ないのか。

 風呂に入った体で汗のかいた制服をもう一度着るのもそれはそれで嫌だし、このまま湯冷めを待つくらいなら腹を括るしかない。

 俺の沽券こけんに関わる問題だが背に腹は代えられないと、メイド服に袖を通しリビングへと戻る。


 唯一の救いは俺が細身だったお陰か、服が着れないほどにピチピチでは無かったことだな。

 と、なんとか心の平静を保とうとしていた所へ、廊下の陰から突然現れた雫紅がスマホを片手に構え、手を前に伸ばしていた。


 パシャ。


 軽快なカメラの撮影音がリビングに鳴り響く。


「良いねえ、最高に似合ってるよ!次はもっとこう表情を柔らかに、手を前にしていってみよう!」


 うーん、取りあえず全力でぶっ飛ばしても良いかな?


「服を用意してくれたのはすげえ助かるし、俺が確認しきれていなかったからこうなってるのも分かってる。分かってるけど言わせてくれ。いくらなんでもメイド服はないだろ!」

「ごめん、嫌いだった?」

「いや、むしろ好き」

「なら良いじゃん」

「だけど俺、見る専だから」

「じゃあ自分のメイド服姿を鏡で見れば良いじゃん」

「男が男のメイド服姿を見て誰が得するんだよ!」

「そういう界隈にお住まいの方とか?」

「俺のメイド姿に需要を生み出すな!」


 一部でちょっと需要の出そうな辺りが逆に怖い。


「どうせならお父さんの服とか無かったのかよ」

「残念なことに今、お父さんがいないからそれがないんだよね」

「だとしても雫紅の服とかで、もっと男でも着れそうな服はなかったのかよ。こんなに足の毛がしっかり生えたメイドさんなんてビジュアル的にがっかりだわ!」

「え~、私は好きなんだけどなあ」

「足の毛がしっかり生えたメイドさんが⁉」

「そんなわけ訳じゃん!それ、誰が嬉しいの⁉」

「ですよね」


 そんなメイドさんが好きな人は、メイドが好きなのではなく体毛フェチの人だろう。毛深い人の方が好きみたいな。

 なんだそれ。ビッグフットとでも結婚してろよ。

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