第47話 宿泊

「ずっと立ってたら疲れるでしょ。ソファに座ってて良いよ」

「……じゃあお言葉に甘えて」


 俺はリビングにある三人掛けの白いソファに浅く腰掛けた。


「もっとリラックスすれば良いのに」


 雫紅はそう言うが、いくらふかふかのソファだからって緊張までは解れないので、硬くなってしまうのは致し方ない。

 こういうときは会話することが最も効果的なのだが、肝心の相手はキッチンへ行ってしまい、カチャカチンと食器同士が触れ合う音色を響かせ何かを作っている。


 とにかく何かしないとこっちの身が持たない。

そうだ、妹に連絡をいれよう。

 部活動をしているせいか、妹の帰りは一八時を回ることが多々ある。俺の家からここまで来るのに四五分。家を出たのが一七時半位だったため出発した頃にはまだ帰宅しておらず、雫紅しずくの家に向かうことを伝えられていないのだ。

 連絡用のアプリを開き、どうやって現在の状況を伝えるか迷っていると、鼻をツンと貫くようなハーブ特有の匂いが漂ってきた。勿論脱法じゃない。


「どうぞ」


 雫紅がティーカップを俺に手渡してくる。

 透き通った茶色の液体が入っていることだし、中身はハーブティーで間違いないだろう。さっきティーポットや紅茶の缶を触っているのが見えたので、わざわざ茶葉で入れてくれたみたいだ。

 一口飲んでみると頭が冴え渡るような爽快感が身を突き抜けた。


「すげえ美味い」

「まだ残ってるから欲しくなったらいつでも言ってね」


 そこ座っても良い?と確認してから彼女はパフンと俺の隣に躊躇なく座り、紅茶を啜って満足げな顔を浮かべている。

 マジでパーソナルスペースどうなってんだ。

 雫紅は一息つくと視線を落として俺のスマホに目を向ける。


「あやめちゃんに連絡するの?」

「遅くならないとは思ってるけど、雫紅次第みたいなところがあるし」

「じゃあ私が直接電話してあげるよ。その方が確実だし信憑しんぴょう性もあるでしょ」

「そりゃ本人が説明してくれるなら手間が省けるから頼むわ」


 俺は自分のスマホを操作して電話のコールだけすると、雫紅に渡して後は任せることにする。

 プルルルルルルルルとコール音が二回繰り返され、三回目に差し掛かろうとしたところで通話が始まった。すぐ側で電話を繋いでいるので、コール音ですら小さな音で聞こえてしまう。


「もしもし、お兄ちゃん?」

「もしもし、雫紅です~」

「あれ、雫紅ちゃん?お兄ちゃんのスマホから掛かってきたと思ったんだけど」

「いきなりごめんね。今一緒に居るから私が掛けてるんだ」

「そうだったんだ。何か用事でもあったの?」


 雫紅の声はハッキリと、妹の声はうっすらと聞こえてくる。


「実は頼みがあって」

「なに?」

「今夜限り、颯希さつきを貸してくれない?」

 

 ん?雫紅は何の話をしてるんだ?


「いいよ。それなら明日の朝九時にお兄ちゃんがウチに戻ってくることが条件ね。延滞した場合は、雫紅ちゃんの秘密を何か一つ教えるってことでー」

「交渉成立♪ありがとう」

「どういたしましてー。またねー」


 ポロロンと通話が終了し、何事も無かったかのように雫紅がスマホを返してくる。二つ返事で了承されちゃったよ……。


「えっと、説明求む」

「颯希には今日泊まって貰おうと思って」

「は、何それ!聞いてないんだけど」

「言ってないもん」

「ここで⁉」

「ここで」

「二人で⁉」

「二人で」

「過ごすの⁉」

「過ごすの!」


 理解が追いつかないので動転した脳内を落ち着けようと雫紅にティーカップを渡し、おかわりした紅茶を一気に飲み干す。


「熱っ‼」


 舌がヒリヒリする。どうも軽く火傷を負ってしまったらしい。


「もう、そんな慌てなくてもさあ」


 逆にそこまで落ち着いていられる理由を知りたい!


「ちょっと考える時間をくれ」

「三分だけ待ってやる」

「アニメで五〇秒くらいしか待ってくれない大佐じゃん!」


 しかも似てねえ!


「そんな考えることないよ。お風呂は貸してあげるし、ご飯は作ってあげるし、寝床も分けてあげるから」


 至れり尽くせりでむしろ怖いんだけど。

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