第46話 夢の訪問

 四月最後の夜。

 一二階建てマンションの最上階。

 豪華絢爛ごうかけんらんなエントランスも、静かで速いエレベーターも自宅が一軒家な俺にとっては新鮮だった。

 しかしそれ以上に、侵入者を赦さない門番のように並ぶドアとは反対側の景色を見て舌を巻く。

 一軒家からはまずのぞむことの出来ない圧巻の景色がそこにはあった。


 煌々と輝く蛍光灯、行き交う車のヘッドライト、電波塔にともるイルミネーション。

 どれも臙脂えんじ色の空の下で夜を告げる光達だ。

 少し離れた市街の方ですら肉眼で鮮明に映るので、今日のように天気が良ければ他府県ですらぼんやりと眺めることが可能だった。

 そんな素晴らしい景色に見蕩みとれてボーッとしていると、最も端の部屋の鍵がガチャンと音を立てて開かれた。


「私の家へようこそっ」


 誘導されるがままに俺は足を踏み入れる。


「本当に良いのか?」

「どうぞ」


 雫紅しずくの家へついに来てしまった。

 ただでさえ自分の家ではないので落ち着かないと言うのにその上女子の家なんて、尾棘ではないが変な気を起こさないか不安で仕方がない。

 あれから蜜食みつじき先生と話した内容を考え直してみたがよく分からず、時間だけが流れていった。かたくなに教えてくれなかった嗜好しこう調査証の中身も分かったのにモヤモヤが残り、声を掛けるべきかどうか歯がゆい想いをして居たところへ彼女の方から連絡を受けたのだ。

 伝えたいことがあるから、今日の一八時半に自分の家の前へ制服で来て欲しいと。

 写真の展示会を行った際に連絡先は交換していたので、住所と部屋の番号を教えて貰って自転車で向かった。


「スリッパがいるならそこの靴箱の中に入ってるから、どれでも好きなのを取って」

「……じゃあ折角なら」


 俺は様々な色がある中から茶色を選んで履くことに。


「ブレザーもウチでは着なくて大丈夫じゃない?こっちの部屋に掛けておくから貰っておくよ」

「……ありがとう」


 まるでドラマで新婚夫婦が行いそうなシチュエーションに気恥ずかしさを感じつつ、両手を差し出す彼女に言われるがまま、脱いだブレザーを丁寧に手渡していく。

伝えたいことがあるからと何が何だか分からないまここに呼ばれただけなので、なんとも居心地が悪い。

 手持ち無沙汰になった俺が辺りをキョロキョロしていると、家の中を見回ってて良いよと言ってくれたので、遠慮がちに部屋を見て回った。


 リビングにキッチン、和室にトイレ、洗面所に風呂場、最後にベランダ。雫紅が服を掛けてくれた部屋にはベッドがあったので寝室なのだと思う。

 他人の家を臆面も無く踏み歩く勇気は無く、どこもさっと見るだけで元々居た廊下に戻ってきたが、きっちり掃除されており埃っぽさなどまるで無い。それどころかありとあらゆる場所がピカピカと光り輝いて見える程の美しさだった。


「あー、疲れたっ。やっぱり学校ってしんどいよね」


 声がして振り向くと、学校指定のブレザーとセーターを脱いでブラウス姿になった雫紅が背伸びをしている。その姿ではどうしても体のラインがくっきりとしてしまい、扇情せんじょう的で刺激的な彼女の体が俺の目には猛毒だった。

 自然と出てしまうのは仕方ないとしても、本当に軽率な行動は控えて欲しいものである。


「今は二人きりだから別に構わないんだけどさ。その…、他の人が居るときにそうやって私のことじっと見つめるのは止めてね?この間の雨の日もだったけど流石に恥ずかしい………」


 しまった、ガン見してたか⁉

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る