第45話 白き人格2

「先生も何を聞かれるか分かってるから、俺がここに来るなり手招きして呼んだんでしょう?」

「あ、それは違うわよ。確かに何を聞かれるかは推察出来たけど、私は月涙つきなみさんとの進捗状況が知りたくて呼んだだけだから。もう戻っていいわよ?」

「戻りませんよ!雫紅しずくの思考結果が空欄だったことを聞きに来てるんですから」


 ナチュラルに帰らせようとしてくんな。


「一体どういうことですか?」

「トップシークレットだから、くれぐれも他言しないって約束してくれるなら教えてあげる」

「分かりました」


 先生が手をチョイチョイとこまねいて、顔を近づけるように合図してくる。よっぽど他人に聞かれるのがまずいのだろう。


「あの調査は生徒の十年分の情報をかき集めてデータ化し、それを機械に読み込ませて個別の嗜好しこう結果を算出しているのよ。例えば写真屋さんに連絡して、ウチの生徒が写っている写真を提供して貰ったりしながらね。個人のプライバシーについて五月蠅うるさい時代だし、合法とは言い難いことでしょ?こんなことが外部に漏れたら、PTAどころか教育委員会なんかまで出てきそうなシビアな問題なの」

「機械にそんな芸当が出来るんですか?」

「お金さえかければなんとかなるものよ。技術の進歩は目まぐるしいの。だからこそ間違いないと言い切れる」


 お金にものを言わせて機械に頼る、か。一つの考え方には違いないけど、人間が衰えていく象徴みたいな言葉だと思う。


「それだけのことをしていながら雫紅の嗜好結果は白紙というのは?」

「確かに白紙だし空欄だけど、あれこそが彼女の本質を透過した明確な結果なのよ」

「あれが?」


 とても信じられる話ではない。


「だとすればあれはどういう意味を示してるんですか」

「見たまんまよ。何もないの」

「は?」


 にごすような言い回しに苛立いらだちが募っていく。


「真剣に聞いてるんですよ。中途半端に答えないでください」

苫依とまより君が今行っているのは教科書から答えを探し出すようなこと。手順を踏んできちんと理解してあげないと駄目よ。そうじゃないと月涙さんが可哀想だし報われない。自力でここまでたどり着けたなら後もう少し、後は君が直接確信に迫ってあげるだけじゃない?」


「俺が自分の力で聞きだす意味ってあるんですか?」

「あるわよ。忘れたの?キャッチコピー、『悲しき非リアに馴れ初めを』の下、部員同士の恋愛成就率一〇〇%を売りにしてこの学校の知名度を上げ、生徒数の回復を目論んでいることを」

「初耳です」

「今言ったわ」


 無茶苦茶かよ。

 にしてもそんな目的があったとは驚きだ。生徒数が減っているという事実も衝撃的だったが、少子高齢化も進んでいることだし分からなくも無い。ただその改善法はひたすら迷走している気がする。考えた奴の顔を見てみたいな。

 そこまで考えたところで俺はふと疑問を覚えた。


「あれ?部員同士の恋愛成就率一○○%って……」

「ええ、それは勿論貴方と彼女よ。まあ尾棘君が入部したみたいだし、彼と月涙さんでも良いけどね」

「いやいやいやいや、ちょっと待て⁉聞いてないですよ!」

「今言ったもの」


 その後出しじゃんけん方式やめろ!

 まあ一つ言えることは、


「俺は彼女と付き合う気は無いですけどね」

「ふーん。………どうかしらね」

「何ですか?言いたいことがあるならどうぞ」

「知りたがりな苫依とまより君にもう一度最後のヒントをあげるわ。この嗜好調査証に表れる結果は過去一〇年間分のデータから算出しているってことよ。後は自力で蜘蛛の糸を掴んでいくことね」


 一番気になる言い方をして、蜜食みつじき先生はデスクに溜った書類へ目を向け始めた。

 これ以上聞いても取り合ってくれなさそうなので仕方なく職員室を後にしようとすると、誰に聞かせるつもりでもなかったのか彼女はぼやきにも似た台詞を口にしていた。


「……月涙つきなみさんってここに来るまで何度も何度も転校してるのよねえ。ほんっと気持ち悪い位に一途いちず


 何の話だろう。

 結局、雫紅の嗜好結果が空白の理由も不透明のまま。先生はヒントをあげたと言っていたが、個人的には疑問が増えただけな気がする。


 だが俺の考えは及ばずとも、確実に終わりは近づいていた。

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