第44話 白き人格1

 職員室。俺は意外とこの空間が好きだ。

 先生と話をしていてもじろじろ見られない数少ない空間。

 教室では、廊下では、チクチク刺さる学生の視線も、職員室では基本的に自分と教師の二人だけで、他者の視線なんて介在することはほとんど無い。

 なぜならここには教師ばかりで、彼らがこちらに注意を向けることなんてないからだ。

 ベージュのブラウスに深緑のロングスカートと、今日も今日とてシンプルな色合いのコーディネートに身を包んだ蜜食先生は、山積みの書類を脇に寄せて聞いてくる。


月涙つきなみさんとはどう?上手くいってる?」

「順調に何事もない日々が続いてます」

「それ順調って言わないから。私が求めてるのは手を繋いだ、とか接吻せっぷんした、とか交わった、とかよ。無いの?」

「いやいやいやいや、有るわけ無いでしょ。カップルじゃあるまいし」


 恋愛感情でもあれば手繋ぎやキスくらいあり得るかもだが、二、三週間ぽっちじゃ中々そんな感情は生まれない。せいぜい、可愛いなあとか付き合えたら楽しんだろうなあとかその程度だ。


「あら、カップルじゃ無くても目的のためなら手段を選ばないクソ野郎も居るでしょう?」


 吐き捨てるように先生が言う。

 とても教師とは思えない発言に、と言うか蜜食みつじき先生が言わなさそうな発言に、俺を含め職員室の一同が彼女の方を向いた。

 様々な記事や意見を読んでその考えを持っていると言うよりも、そう言わしめる原因が有るかのような口ぶりだ。


「それってどういう……?」

「知らない方が良いこともあるわ。引き際を自分で見極める能力は身につけないとね」


 これ以上探られたくなかったのか、早々にこの話題を断ち切って軌道修正してきた。

 この人は『責任』という言葉をよく用いる。

 尾棘おとげの要件を伝えたときもそう。写真の展示会が決まったときもそう。何か思うところがあるからこそ出てくる言葉なのだろうが、他人の心になんて深く立ち入るべきじゃない。雫紅しずくと尾棘が特別なだけで、他者と深く関わるべきでないという考えは俺の根底に残っている。望まれていないなら特にだ。


「ま、そんなくだらないことより今は君の聞きたい事優先。何が知りたい?私の体にある黒子ほくろの色?」

「読んで字の如く黒に決まってるでしょ」


 俺が言うと先生は、こんもり膨らんだつやのある黒色なのに……と肩を落とした。なんだか知らないけど自慢の一品だったみたいだ。

 俺がここに来た目的は一点のみ。雫紅の嗜好しこう調査証について詳しく聞こうと考えたからに尽きる。と言うのも今朝になって送られてきた尾棘からの写真があまりに異様なモノだったからだ。


月涙つきなみ雫紅しずくさんの嗜好結果


身長:    体重:    髪色:    髪の長さ:

髪型:   眼鏡:   匂い:


嗜好タイプ:


 仕事の速さに舌を巻きつつも、それ以上にミスじゃないかと疑いたくなってしまう程に看過できない情報だった。本来であれば項目毎に内容が書かれているのだが、一切の記載が成されていない。しかもそれがミスというわけでもなさそうなのだ。

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