第43話 夜這い

 皆が寝静まった深夜二時過ぎ。ペタペタ蠢く足音が廊下を伝って歩いていく。

 俺はこの家の住人でありマイルームさえ与えられている人間の筈なのに、寝室には尾棘おとげの寝床にするからとリビングのソファに追いやられ冷遇されていた。寝室は俺の部屋を含め三つ。俺の部屋、妹の部屋、母親と父親の共存部屋がある。

 よって雫紅しずくは妹の部屋で二人一緒の寝床とし、母親は普段通り父親と共に眠っている訳で、そうなってくると俺は尾棘と一緒に寝る羽目になってしまう。それは嫌だと言い張ったらこの有様だ。


 今挙げた三部屋は全て上階にあるので、俺の居る一階からは階段を上らなくてはならない。四月も下旬に差し掛かっているとは言え流石に夜中は足が冷えてしまい、掛け布団だけ貰っていた俺は靴下も履かずに寝たことを後悔しているところだ。

 ペタペタうごめく足音が階段を這いずり、二階のとある部屋の前で止まる。

 ノブが回され部屋に侵入するとスマホのライトで足下が照らされた。その光と音に気づいてか気持ちよさそうに聞こえていた寝息が途切れ、いぶかしんだ表情が露わになる。

 眠たそうな声が耳に届いた。


「………颯希さつき夜這よばいに来たのか?」

「夜這いするなら妹の部屋に行ってる」


 て言うより俺のことを俺として認識出来ている時点で、そこまで寝ぼけてはいないだろう。そう考えるとよりヤバい。


「こんな時間にどうしたんだよ。今更になって俺と一緒に寝たくなったのか?だとするならそれに関しては俺も御免ごめんこうむるぞ。月涙さんならいざ知らず、お前と一夜を共にするのはちょっと」

「そんなこと生涯求めねえから安心して寝てろ」

「なら何の用だよ」

「聞きたいことがある」

「尾行の仕方なら教えないぞ。アレは俺が俺たるアイアンメイデンだからな」

「アイデンティティーな」


 求めてねえよそんな技術。そもそも尾行が存在証明ってなんだよ。


「契約を結んでから月涙さんにバレたことは?」

「一度も無いぞ。俺がそんなヘマをするとでも?」

「ま、だよな」


 きっちり任務を遂行しそうだ。


「尾行方法じゃないとしたら何だ。若い彼女の作り方か?」

「限定する必要あんのかそれ」

「だって熟女の彼女の作り方なんて知らねえし」

「知ってるって言われたらそれはそれで────」

「それは俺の友達に聞いて貰わないと」

「いんのかよ!」


 お前が仲の良いコミュニティはどうなってんだ!


「お前の尾行スキルの高さを見込んで依頼したいことがある」

「ほお、そいつはお目が高い」

「お前が雫紅の嗜好しこう調査証を知っていれば話は早いんだけど、流石にそこまではないだろ?」

「残念ながら」


 だよな。


「だから写しだろうと写メだろうと、最悪口頭でも問題ないから調べて教えて欲しいんだ」

「高く付くぞ」

「構わない」

「なら自宅での月涙さんの寝顔写真でどうだ?俺は彼女の自宅は入れないからよ。報酬は後払いで良いぜ」

「契約成立だな」


 聞いても聞いてもはぐらかされ続ける雫紅の嗜好調査結果。それを見れば何か分かることがあるかもしれないと、俺は尾棘を利用するという禁断の手法に頼ることにした。

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