第42話 母の思い、妹の思い

「知らないのかもだけど、結構お母さん心配してるし責任を感じてるの。学校生活も然り。お兄ちゃんが楽しく生活できていないのは私のせいなんじゃないかって」

「母さんの前でそんなところを見せた覚えは───」

「母親だよ?幼い頃から私達のことを見てきてるお母さんが私達のことを見てない訳がない。そりゃあ人間だから思い違いをしてることはある筈だけど、世界中の誰よりも長い時間一緒に過ごしてる人が気がつかない筈ないでしょ。ましてやあのお母さんだよ?ほんわかしていて抜けてるように見えても、よく見ていてくれて、とても大事に想ってくれてる」

「…………」

「本当に優しいんだから」


 妹の言うことは間違ってないと思う。だからこそ余計に刺さるのだ。


「そろそろいいんじゃない?迷惑をかけることは許されても、心配をかけることは赦されないんだよ、私達子供は」


 俺より年下の癖によっぽど大人びた感覚を持っている。俺は心も記憶も幼少期の頃から鎖されたままなのに。

 俺の中でわだかまり続ける記憶がうねりを上げる。


 とある公園で出会ったとある少女。

 母親に連れられて、いつもうつろな瞳をしていた、とある可愛らしい少女と俺は出会った。

 今思えば虐待か、それに近いことをされていたんじゃ無いかと思う。

 丁度妹が生まれて一年くらい経った頃だったので、母親はそちらの世話に時間を割くことが多く、構って貰える時間が減った俺は退屈していた。

 あるとき声を掛けてから遊ぶようになったその少女は、俺と一緒に居る時だけ普段は見せないような本物の表情を見せてくれた。

 それは怒りも、悲しみも、勿論喜びも。

 誰かに、何かに縛られた様なその少女を、一時だけでも解き放ってあげられることが嬉しかった。

 一緒に居られることが楽しかった。

 でも。


 でもそんな彼女のことを俺は未だに忘れられない。


 助けてあげると言った無責任な自分の言葉にいつまでも縛られて。

 いつまで経っても忘れられない呪いとなり、心の中で蔓延はびこり続けて。

 それでももう一度会えたらなんて、儚く小さな夢を抱いて。


「だから私は思うんだ。お兄ちゃんはやっぱり雫紅しずくちゃんに告白してみるべきだって」

「なんで?」

「告白して成功すればその想いを雫紅ちゃんに投影させて終わらせられる。告白して失敗すればその想いは儚い夢だったんだって諦められる。どっちに転んでも呪縛からは解き放たれるでしょ?」


 考え得る限り最高の解決策なのだと思う。


「一度考えてみたら?」


 そう言い残すと妹は立ち上がって部屋を出て行った。

 暗闇に沈んだ部屋の中で一人考える。これが単に初恋を引きずってこじらせただけならそれで良かったのだろう。

 でもそうじゃないから上手くいくとは限らない。


 考えても考えても先の見えない暗闇は深海のように色濃く深かった。

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