第40話 妹の乱入

 そう思っていたところへ、


「玄関占領されると困るんですけど、どちらさまでしょうか?」

「おいおい、雨脚強いんだから早く中に入らせろよ」

「お兄ちゃんもポールダンスしてないでどきなってー。じゃまじゃま」


 長らく聞いていると眠たくなりそうな穏やかな声。大黒柱と言わしめるだけあって安心感を与える太い声。間の抜けた標準的で平坦な声。俺の家族が尾棘おとげの背後から三人揃ってこんにちはしていた。

 タイミングが悪いことこの上ない。


「邪魔をしてしまって申し訳ない。でもですね、お宅の息子さんが女子を連れ込んで良くないことをしているんです」

「人聞きの悪いことを吹き込むな!」

「まあまあ、さっちゃんにお友達なんて何年振りなのかしら。あなたも冷えるから一旦中へ上がりなさい。話はその後でいくらでも聞くから、ね?」


 傘を畳みながら母親が言う。

 全員ウチへ入れる以外の選択肢は残されていなかった。


———————————————————————


 初対面の筈だったがそこは母親の手並みによるところ。全員が風呂に入って体を温め終えた頃には、雫紅しずくも尾棘も俺の家族と打ち解けていた。

 当初、俺は雫紅の服が粗方乾いたところで彼女を家に帰そうと考えていたものの、尾棘も交えて六人で飯を食う流れになった時点で宿泊確定コースに入っていた。ちなみに尾棘は『月涙つきなみさんを尾行する上でこんなこともあろうかと上下一式常備してる』らしく、宣言通り雨の中背負っていたリュックから着替えが出てきた。突然泊まることになっても全く困らないらしい。

 ちょっとした恐怖を駆り立てるそんな一騒動があった後、行われているのは俺の高校生活についての座談会。俺が普段語らないばかりに聞きたいことが累積していたらしく、学校での生活状況を逐一母親が雫紅に聞きまくっていた。

 対する彼女も聞かれたことを聞かれたまま答えている。止めようかとも考えたが、楽しそうに話している彼女らを見ているとそんな気も失せていった。だからといってその場に居合わせて一から百まで開き届けるメンタルが有る訳でも無く、一人自室へと逃げ帰って現在に至る。二階に居るのはそう言う訳だ。

 

 電気も付けないままベッドへ横たわると、雑多の中に突然投げ入れられたようにどっと疲労感が押し寄せてきた。これは雨に打たれたこと以上に、雫紅と尾棘成分を吸収しすぎたせいで、ことほか体に堪えたのだと思う。二人とも一五分と会話をしていれば体力をごっそり持って行かれるのだ。


 雫紅はそのハイテンションさから。尾棘は会話の異常さから。丸っきり違う人物でも相手をする労力は同じとか、呆れてものも言えない。

 

 階下から時折笑い声が聞こえる。

 変化を望まないよう人間関係を断ち切れていた昨年度ではありえなかった幻の現実に、母親はさぞ嬉しかったことだろう。直接聞かれたことはなかったが、実際のところはどうしようもなく心配していた筈だ。そう言う意味で、今日は二人を会わせることが出来て良かったかもしれないと、自分の心の甘さを宥める理由付けを密かに行う。


 と、そこへノイズが走った。階段をトストスと上る軽い音。誰かが二階へ上がってきたらしい。唯一扉と地面との隙間から電光が漏れ込んでいた空間が開け放たれる。


「はいはーい入るよ~、ってうわ。電気も付けずに何してんの?」

「暗闇を楽しんでた」

「雫紅ちゃんと楽しむ妄想で?キモ」

「お前も汚れてんなあ」

「そりゃあお兄ちゃんの妹だし?」


 一瞬で楽しむの意味が変化する日本語って素晴らしい。

 スウェットにパンツ姿というラフな格好で押し掛けてきた妹は、そのまま俺のベッドの空いたスペースに座り込んできた。ふんわりと包み込むように石鹸の香りが漂ってくる。なぜ同じものを使っているのにここまで違いが出るのかわからない。

 俺は起こした体を妹の横に並べる。


「どう?可愛い子ちゃんを連れ込んだ食感は」

「感触な」

「感想ね」


 表情変化が少ない中でもはっきりとわかる蔑んだ目に、呆れた声が付随する。

 見事に十回クイズで引っ掛かってしまったような感覚だ。元はと言えば妹が食感なんて言わなければ間違うこともなかった言葉なのに、なぜそんな風に見られなくてはならないのか。

 

 納得いかねえ。


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