第38話 雫紅ぽかぽか風呂上がり

「おまたせ、おまたせ、おっまたせ~。元気復活雫紅しずくだよ~」

「うるさい、帰れ」

「誘ったの颯希さつきじゃん」

「そうだけど。それよりあったまったか?」

「お陰様で、それはそれはポッカポカだよ。触ってみる?」

「いい、いい」


 数十分前ここに連れてきたときの服装は制服だったが、今は首から掛けられたバスタオル、そして妹の所持品であるパーカーとズボンに変わっている。それもこれも服が乾くまでの一時しのぎで俺が用意してやったものだ。妹の所持品とは言え、さすがに下着を漁るのは気が引けるのでそこは自分で選んでもらったが。


 普段よく見る服装だが人が変われば見え方も変わるもの。妹よりも背が低い雫紅が着用すると、袖もすそも全てが大きくダボダボだ。お下がり感が強い。

 彼女を家に呼んだ俺はまず風呂へ入るよう促し、冷えたであろう体を温め直させた。彼女の服が変わっているのは濡れた制服を乾かすためよりも、風呂に入ったからのほうが大きい。まあどちらにせよ、したる違いはない。

 大誤算だったのは父親と母親はともかく、妹さえも家にいなかったこと。俺のプランでは全部とまではいかずとも、八割近くは妹に丸投げしようと考えていたのに、帰宅した途端、浅はかな考えは見るも無惨に散ってしまった。


「颯希もお風呂頂いてきたら?わざわざ私が上がるの待っててくれたんでしょ?」

「当たり前だろ。尾棘おとげじゃあるまいし突撃なんてするか」

「私の入浴を覗こうとしてた癖に」

「してねえよ!タオル渡しに洗面所行っただけだろ」

「入浴音聞いてた癖に」

「どうしろってんだよ」


 シャワーの流れる音、パチャパチャ弾む水音、石鹸の泡立つ音、がっつり聞いた。それは認める。

 でもバスタオルの位置が分からないから持ってきてくれと頼んだのはあっちだ。場所が分からないなら教えてやると伝えたのに、先入るから後で持ってきてくれと頼んだのはあっちだ。


「ほよ、じゃ~あ罰として感想をどうぞっ!」

「はいはい、良かった良かった」

「適当だなあ。何がどう良かったのかもっと詳しく。それと感情も込めてやーりなおしっ、はいっ!」

「はふぅーって息を付きながら髪を振り乱して水を弾いてたのが、体をプルプル震わせて水滴を飛ばす猫みたいで可愛らしかったから良かった」

「………」


 真面目に答えたら清々しいまでにドン引きされた。尾棘のストーカー宣言時の方が幾分マシな引き具合だったことにかなりショックを受ける。


「がっつり見てたんだね」

「がっつりじゃないちょっぴりだ」

「聴覚情報による良さを聞いたつもりが、まさかの視覚情報について返ってきてお姉ちゃんびっくり」

「どっちかつうと妹寄りだろ」

「あ、身長だけ見て言ってるでしょ」

「いいや、性格も含んでる」

「幼いとでも言いたいのかぁ!」

「なんだよ、分かってんじゃん」

「こら、待て!」


 俺が逃げると彼女も追ってくる。


 …………そういう所だぞ。


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