第35話 雨乞い下校2

「あっめあっめふっれふれぇ」


 手首の先だけちょこちょこ動かし、見た目だけで言えば幼児が鳥の羽ばたきを真似しているみたいだ。同じ学校の生徒が出入りする上に、人通りも少なくない校門の前。こんな人目に付く場所で恥ずかしい踊りを披露するのは是非とも控えていただきたい。


「かーえーるーぞー」

「はぁ~い」


 ジト目で帰宅を促すと、不満丸出しの膨れっ面で応じてくる。

 俺は雨が降ったら鬱陶しいと感じる性質なのだが、彼女は違うのかもしれない。人によっては雨に打たれるのが好きな人もいるみたいだけど、その感覚がよく分からないんだよな。

 濡れると服が張り付いて気持ち悪い。乾かすのが面倒くさい。髪の毛から垂れてくるコンディショナー混じりの液体が口に入って苦い等々。何も良い事なんて無いと思う。

 俺は帰るために自転車にまたがろうとして───、


「あ、ねえねえねえねえ待って待って」

「なんだよ」

「折角だし歩いて帰らない?」

「なあ、俺の話聞いてた?雨降りそうなの。早く帰りたいの。日本語分かる?」

めないでよね。私、日本語検定二級持ちなんだから」

「聞いたこともねえよ、そんな検定試験」


 どんなにマイナーな試験でも探せば意外と出てくる系の試験の一つだろうか。英検とか漢検くらいならともかく、謎解き検定とか猫検定とかどこでお役立ちするんだよ。


「雨に打たれながら帰るのもオツなのにさ~。まったく、上級者のたしなみを分かってないなあ」

「下級者の奴等に、『傘忘れてやがんの~乙』って冷やかされるのがオチだな」

「上手いこと言ったつもりなの?」

「触れんな」


 言わなきゃよかったってちょっと後悔してるんだから。


「ねーえー、あるこーよー」


 俺の腕をクイクイッと引っ張って甘い猫撫ねこなで声でたぶらかしてくる。

 無意識か…?いや、わざとなんだろうなあ。もう顔見ればわかるし。俺は大きくため息をついて、


「分かったから自転車掴むなよ。動かせないだろ」

「やった!作戦成功っ。やっぱり颯希さつきはチョロいね♪」

「殴んぞ」


 俺は彼女の要求を呑み、歩きながら一緒に帰ることにした。

 学校を出て、鳥居がある公園の横を通り過ぎ、電車の高架をくぐり抜けてと、歓談しながらひたすら南へ南へと下っていく。

 すると途中の幹線道路で信号に引っかかってしまった。中心地に向かう車が右から左へヒュンッヒュンッと、嵐のように過ぎ去っていく。このまま真っ直ぐこの道を歩いて行けば突き当たりにぶつかり、そこで左に曲がると俺の家へと向かう方面だ。

やっぱり同じ学校に通ってるだけあって、帰る方向が同じなら帰路も同じような道を通るらしい。

 そんな事実に感心している時だった。


「ところでさ、颯希は何処まで私と帰るつもりなの?」

雫紅しずくの家までだろ?」

「え?」

「え……?」


 違うの?てっきり一緒に帰ろうとかいうからそういうことかと……。

 一瞬呆けていた雫紅だったが、すぐさま表情が変貌する。

 いじるのに特化したあの顔へと。


「なになに~?」

「違う」

「そんなに私の」

「違う」

「家まで」

「違う」

「付いて」

「違う」

「きた───」

「ち、が、う!」

「必死だねぇ~」


 完全にもてあそばれていた。

 信号は既に青色に変わっていて周囲で同じように待っていた人達は向こう側へ。一方、対向車線側で待っていた人達は横断歩道前で馬鹿なことをしている俺達を一瞥いちべつしていく。その中にはせせら笑うサラリーマンやクスリと笑みを零して生暖かい視線を送ってくる女性もいた。

 結局信号が変わるのをもう一周待ってから歩き始める。


揶揄からかっちゃったけど、むしろ来てくれるなら大歓迎!ほんとは私の方から頼もうと思ってたもんだから面食らっちゃって」

「絶対行かねえ」

「そんな意地悪言わずにお願い!」

「ならわざわざ俺を待たせて、わざわざゆっくり歩いてるのはなんでなんだ?なんか理由があるんじゃねえの?」

「ただの気まぐれって言ったら?」

「そんときは張っ倒す」

「胸部を押せば楽に倒せるのに、わざと触れない位置を狙って倒そうとするのが目に浮かぶよね」

「うるせえ、見透かすな」


 現実でする事は断じてないとして、雫紅を倒すシミュレーションをした場合押す部分は肩とかにすると思う。女子の胸部なんて触れられる訳無いだろ!


「ま、颯希の言うとおり理由はあるんだけどね。今日ウチにお客さんが来るの」


 来客かあ。分かる、分かるぞ。


「家に帰った後、昼寝してるときにピンポーンって鳴らされて、心地よい睡眠を害されたときの気分の悪さって尋常じゃないもんな」

「それ来客じゃ無くて宅急便だよね!『コンチワース、お荷物お届けに上がりました~』でしょっ⁉じゃなくて母親だよ母親!会いたくないから足取り重いのっ!」

「体重増えただけじゃね?」

「何処の肉をぎ落として欲しい?」

「っ、ごめんなさい」


 塩舐しおなめ指と丈高たけたか指に僅かな隙間を空けピンと突っ張り、挟む素振りを見せると同時に浮かべるは世界一整った笑顔。こんなに本能的恐怖を引き出す笑みは見たことがない。

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