第34話 雨乞い下校1

 金曜日のこと。

 天気予報は快晴。空模様は大外れの泥沼どろぬま色。ここまでくるといっそ清々すがすがしい外れ方だった。

 まだ降っていないとはいえ、いつ降っても不思議じゃない。晴れるって言うから折りたたみ傘も持たず自転車漕いで学校まで来たのに、このまま降られたらたまったもんじゃない。

 そんなときに限って、


 一緒に帰りたいから一五分待ってて。


 終礼中に渡された雫紅しずく愛用の小さな桃色のメモ用紙を見返す。

 雨に濡れたくもないし、これさえなければ即刻帰るんだけどな。

 中々物事は思い通りに進まない。

 それは自分自身についても言えることだ。ここ二、三週間くらい雫紅と行動を共にする事が多くなったせいか、それまで興味なかった───、いや、気にしないようにしていた彼女のことを詮索しだしている自分がいる。昔あれだけ他人のことに深く関わらないよういましめたはずなのに良くない兆候だ。

 このまま彼女と関わり続けるのか否か、そろそろ本気で思案すべき時が迫っている。


「お~い、さっつきくーん。おーまたせっ!」

「大待たせだよ。何分遅れてくるんだ!」


 下校する生徒をかわして躱して玄関先からチャリを押し、駆けてくる女子の姿が見えた。それもまた器用に片手で自転車を支え、片手で手を振りながら。

 スマホで時刻を確認すると一五時四七分。金曜六限の終礼終了時間が一五時二五分でその一五分後が待ち合わせ時間だったから、ざっと一〇分はオーバーしている計算だ。


「そんなこと言われても、皆全然離れてくれないんだもん」

「モテる女は辛いねえ」

「校門前で一人寂しく半時間も放置される誰かとは違うからね~」

「うるせえ、こっちだって待ちたくて待ってたわけじゃないんだから早くしろよな」

「なら私の事なんて放っておいてさっさと帰れば良かったのに。それをしてないってことはそういうことでしょ?ツンデレちゃんだねえ」


 それはそれはぶん殴りたくなるような、いや、尾棘だったなら間違いなくぶん殴っている程に腹立たしい顔だった。整った眉の向き、程よい瞳の細まり具合、微かに覗くベロの桃。そのどれもが精巧に作られた人形のように、完璧な腹立たしさを演出している。

 我慢だ。こういうのは言い返すと相手を助長させてしまうので何も良いことはない。


「それにしても天気予報完全に外れちゃってるね。空真っ黒じゃん」

「それが分かってんなら早く帰るぞ。いつ降ってもおかしくないんだからさ」

「あっめあっめふっれふれぇ」


 手首の先だけちょこちょこ動かし、見た目だけで言えば幼児が鳥の羽ばたきを真似しているみたいだ。同じ学校の生徒が出入りする上に、人通りも少なくない校門の前。こんな人目に付く場所で恥ずかしい踊りを披露するのは是非とも控えていただきたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る