第31話 嗜好レストラン2

 泡音あぶくねさんから入場確認書とボールペンを受け取り必要事項を埋めようとしていた雫紅しずくだったが、その紙をしばらく眺めるとおもむろに握ったボールペンを置いた。


「やっぱり先にこちらからお願いしてもいいですか?盗み見されると恥ずかしいので」


 俺の手首を一方的に持ち上げて雫紅が申し出る。


「見られて恥ずかしいのは俺も同じなんだけど。そもそもなんで見る前提で話が進んでるんだ」

颯希さつきならやりかねないかなと思って警戒しただけだよっ。身長はともかく、体重は女子と男子で羞恥心に関してれっきとした差が出るからね」

「俺ってそんな信用無いの⁉」


 女子は体重を気にしがちなイメージがあるけども、そんなに聞かれて恥ずかしい情報だろうか?


「体がぽっちゃりしてて体重を気にしてるってんならともかく、雫紅はそんなことないだろ」

「とにかく先にやってよ。私ちょっと長引くかもだからさ」

「ちなみに言っておきますけど確認のため私が項目を読み上げるので同じことですよ?」

「え、声に出して読み上げられるの……」

「問題ないです。生贄いけにえはあちらからでお願いします」

「おい」


 釈然しゃくぜんとしないまま雫紅に押し切られ、渋々ながら俺が先に書くこととなった。

 場所を入れ替わりボールペンを手に取ると、『嗜好しこうレストラン入場確認書』と記された紙の太枠で囲われた記入欄を埋め、書き終えた紙を泡音あぶくねさんに手渡す。

 彼女は必要な個所の記入に漏れが無いかを見ると、確認と称して俺が書いた内容を読み上げ始めた。


「五月五日生まれ、苫依とまより颯希さつきさん。身長は一七二センチ、体重五九・二キロ、嗜好タイプは焦恋しょうれんで間違いありませんか?」


 恥ずかしい。新手の羞恥プレイかよ。

 返事をするのも躊躇ためらわれ、俺は一度こくりと頷くにとどまる。


「ありがとうございました。では右側で少々お待ちください。女性の方が終わり次第この後の説明を致しますので」

「分かりました」


 さあ雫紅、お前も同じ恥ずかしさを味わえ‼


「それでは引き続き女性の方もお願いします」

「あ、私ちょっと言っておかないといけないことがあって、嗜好タイプの項目についてなんですけど」

「どうされました?」


 何の話だろうと耳をすませたが彼女は内緒話をする要領で声量を落とし、店員さんに顔を近づけ話しているので全く聞こえない。何か出したりしないかと期待しながら彼女の手元を注視していると、嗜好調査証らしきものが現れる。それに指を指しながら何かを説明する雫紅。うんうんと頷く泡音さん。

 だめだ、よく分からない。諦めた俺が出来ることと言えば、泡音さんを綺麗な女性だと評することくらいだった。

 一分半が経ち、まだかかるようならスマホで時間を潰そうか迷っていると、こそこそ話す雫紅の声が一回り大きくなった。


叶恋かれんさん見てくださいあの目。私達のどちらを襲うか吟味ぎんみしているんですよ」

「やだ超怖い。でもあの野獣はとっても弱そう」


 誰が野獣だよ!


「はい恐らく。品定めはするも弱すぎて、襲う勇気はない軟弱な獣だと思います」

「それはヘチョイわね。さすがは焦らされる恋なんて、ドMみたいな嗜好タイプをしているだけあるわ」

「俺をネタにして盛り上がるなよ!」

「まるで自分が話題性に事欠かないスーパースターであるかのような言い回しですよ。どう思います?」

「雫紅ちゃん、ああいうのは優しく見守って成長を促すのが私達保護者の役目でしょう」

「あんたらいつから俺の保護者になったんだ!」


 それに下の名前で呼び合うとか、たった一分の会話で何が起こったんだよ。


「てかそっちの確認書は!」

「それならもう終わっていますよ。実は雫紅ちゃんから苫依とまより君をいじると楽しいと教わって」

「おい!」

「えへへ」


 えへへじゃねえよ。何余計な事を吹き込んでくれてんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る