第29話 食堂

 まだまだ続きそうな彼女のとんかつ定食談をさえぎって、ほんの少し歩調を速める。尾棘おとげもそれに追随ついずいしてきた。同じ事を感じたらしい。


「なんか歩くの速くなってない?」

「まあ、ちょっとな」

「気にならないんですか?」


 俺達が気になったのは数名の視線だ。

 チラチラと断続的に向けられる視線、ジロジロと集中的に向けられる視線。

 何故雫紅しずくはこの場面でここまで平然と耐えられるのか分からないくらいに、食堂にいる生徒から向けられる視線は居心地が悪い。特に男子からの視線は特別製だ。蛇が体をいずるように向けられた視線は、居心地の悪さを通り越して嫌悪感すら抱く。ほとんど全て雫紅に向いているらしい。

 まあ俺だって男子のはしくれなので気持ちは分からなくもないが……。

 

 自分に向けられた視線でなくともこれほど鬱陶うっとうしく気持ち悪いのなら、普段彼女はどれほどなのかと想像するだけでぞっとする。そんな当事者は全く気にしていないようだが、もしかしたらそれは気にしていないのではなく、慣れてしまっただけなのかもしれない。

 俺も気を付けないとな。


「あ、そこ押して中に入ってくれる?」


 そう言われて俺達は視線を振り払うように速めていた歩調を止める。

 食堂の一角には記憶にない押しボタン式自動ドアが設置されていた。

 灰色の下地で白色の『押してください』と書かれた一般的な自動ドア。そのボタンを押して中へ入ると、嗜好しこう調査証を読み取るための改札機が設置されていた。


「これに通したらいいのか?」

「そうだと思うよ」


 自分の嗜好しこう調査証をピッと認証し、人が横に並んでもせいぜい三人くらいが限界の細い通路を奥へ進む。

 現れたのはたった一軒の小さな店で、見た目はそっくりそのまま高速道路の料金所だ。もしくはテーマパークの入り口にも似ているかもしれない。入り口らしき物が二つあり、片一方にはこちらから通れないように、もう片一方は奥側にバリケードが設置されている。出口と入り口が区別されていた。


 その先には通路がいくつかに分かれているように見えるのだが、今の立ち位置からでは正確な情報は得られない。

「へえ~こんな風になってるんだね。とりあえずそこのお店に行くしかなさそうだし行こっか」

「見た感じそれしかなさそうだよな。そんでここでは何が売ってるんだ?」

「さあ?」

「さあって友達から聞いたって言ってたのに」

「紹介されただけだもん」


 俺は雫紅に先を譲り後ろを付いていく。むかって左側、バリケードが奥に付いている方へ行くと、左にカウンター越しで女性店員の姿が見えた。アルバイトなのかもしれない。

 年齢は二十歳前後だろうか?悪戯いたずら好きな子供っぽさが残る顔立ちで、赤味を帯びた茶色の髪はウエーブがかっている。黄色を基調としたエプロンを着ていて、その下の深い緑色をした薄手のブラウスは袖をひじ辺りまでまくっており、保湿成分たっぷりのうるおい肌ですと言わんばかりのつややかな肌が見て取れた。

 そんな店員の女性がふふふっと笑顔を浮かべ俺達の方を見て言ってくる。


「あらあらこの時間に三人組のお客様なんて珍しい。どうゆうご関係ですか?」

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