第25話 綱道の演説

 三日後。

 着々と素材は集まっていた。着々と自分に対する嫌悪感もつのっていた。


 何故尾棘おとげの言いなりになって真面目に素材集めにいそしんでいるのだろう?いつの間にやら皆と同じく月涙さん大好き人間になってしまったのだろうか。

 だとしたら嫌だなあ。

 時刻は一五時二〇分で終礼中。場所は教室の扉前。俺達は五限六限の無断欠席者。所持品は総計八四三枚のL版写真とわずかなお金、そして財布とスマホだ。

 この情報だけで色々察してくれると非常に助かる。


「よし、準備はいいな」

「本気でやんのかよ……」

「乗りかかった船だろ?今更手遅れなんだし、いい加減覚悟を決めろ。なあに、ちょっくら恥をかくだけさ」

「社会的信用も欠くんだよ!」

 

 教室内で蜜食みつじき先生が連絡事項を終えて委員長に挨拶を振ろうとする。


「ここだ。行くぞ」

 

 バンッ!と凄まじい音が廊下中を駆け巡る。正面の教卓にいた蜜食先生がその瞳を大きく見開き仰天しているのは勿論のこと、他教室の先生までもが何事かと驚いて様子を見に来た。


「衝撃で破片飛んでんぞ」

「衝撃を与えるにはこれくらいしないとな」


 上々だとでも言いたげなニヤけ面を見せながら堂々と教卓へ向かう尾棘。

 修繕費とか請求されたらどうするつもりなんだよ。


「全員注目しやがれ!」


 太くハッキリとした重低音が芯に響く。

 蜜食みつじき先生はと言うと突然のことに頭が追いついていないのか、俺達のことを咎めもせず教卓の側で固まっている。俺も主犯格の一人ながら思ってしまう。

 良いのかこれで……。


「お前らに一つ聞きたいっ!」


 尾棘が始めた演説に何事かと興味を見せる生徒が数名。


月涙つきなみさんに興味はあるかぁっ‼」


 下手をすれば学校全体で聞こえてもおかしくない声量で、ただ一人の女子のことが好きかどうかを聞く馬鹿がここにいた。俺は隣に立っているだけなのに、なんだこの恥ずかしさは。

 教室は友達同士の意見交換によりザワザワ騒がしくなり、廊下では他クラスが先に終礼を終わらせたのか、ギャラリーがぞろぞろ増えていく。


「返事をする気概のない小心者ばっかりかよ。おい、男子。授業終わったら野獣のごとき目つきをしながら電光石火で話しかけに行く根性はあるってのに、こんな場面では声も出せない小動物か?俺はそんなグイグイ女の子を狙うような男じゃありませんってか。猫被ってんじゃねえ、本音を言いやがれ!もう一度聞くぞお前ら!月涙さんに興味はあるかぁっ‼」


 尾棘の言葉に呼応して二度目はウワアァ‼っと咆哮ほうこうが唸る。廊下にいる他クラスの生徒までもが声を上げる始末だ。

 その様子をさげすんだ目で見る女子だったが、


「おい、女子ども。私達は関係ありませんみたいな顔しやがって。来る日も来る日もけなし合って蹴落けおとし合って、月涙さんの好感度上げて側に居ようとしてる癖に興味無い訳が無いだろ。猫みてえな鋭い目つきで、いつライバルの寝首をいてやろうか目を光らせてるのがお前らだ!もう一度聞くぞお前ら!月涙さんに興味はあるかぁっ‼」


 尾棘のさんざんな物言いに対しても再びウワアァ‼っと歓声のような高めの咆哮が響く。


「よっし良い反応だ。最後に全員まとめてもう一度!お前ら、月涙さんに興味はあるかぁっっ‼」


 大歓声。大歓声。大歓声。

 そこでも歓声ここでも歓声どこでも歓声。自分の応援してる野球団が逆転サヨナラホームランを打った時じゃあるまいし。

 これが受験期を勉強に費やしてストレスが溜まったことによる弊害へいがいだとすれば、勉強は無理して行うべきじゃないと断言できるな。

 

 中にはもうどうでもよくなったのか、その場の雰囲気に流されて共に歓声を上げてる先生まで見えた。この学校は教師諸共もろとも手遅れなのかもしれない。

 最も可哀想なのは俺の向きから見て右から三列目、後ろから二番目。俺の前の席で一人顔を腕の中に埋めて、プルプル肩を震わせている小柄な女の子だろう。

 

 こればかりは心中を察することすらできないな。

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