第22話 誓約書

 久々に大声出したせいか喉が痛い。


 念のため一五分ほど時間を掛けて戻ってくるとそこに尾棘おとげの姿はなく、彼女は定位置で遙か虚空こくうを望んでいた。この部屋に一人でいるときはいつもそこに居る気がする。


 時間相応の冷たい風が吹き抜け、俺が身震いすると同時に彼女が聞いてきた。


「尾棘君のことどう思う?」

「顔は綺麗だけど、性格はキモい」

「直球だねえ」


 あんな奴に対して失礼とか言う概念は今更無い。

 だって事実誰が聞いてもドン引きの内容だったし。


「でもちょっと憧れない?」

「え、性格キモくなりたいの……?」

「そうは言ってないけど⁉」

 

 今の流れならそういう話になるだろ。


月涙つきなみさんが性格気持ち悪くなったらどんな人に────」

「ほよ。ちょ~っとその想像やめようか!」

「なんで?」

「だぁって私の可愛いイメージ像が壊れちゃうじゃない。そんなことになったら大変大変」


 どこまで本気かは分からないが、イメージ像などと言ってる時点で可愛さとは縁遠い気もする。それにもし演じてこんな性格をかたどっているなら、可愛いどころか狡猾こうかつだろう。

 

 ってそんな話がしたかったわけじゃない。


「話が逸れたけど尾棘だよ尾棘、あの変態変人野郎はどうしたんだよ。追い返したのか?」

「変人まで増えちゃった!あの場面で尾棘君のことを追い返したら本当に性格悪い女じゃん!明日から外道って呼ばれそう」

「良い二つ名になりそうだな。『告白払いの外道』月涙つきなみ雫紅しずく。良い感じじゃん」

「どこが⁉」


 月涙さんは有り得ないと首を振る。


「で、返事は?」


 追い返した訳ではないらしいし返事はしたのだと思う。受け入れたのか、拒んだのか、とても興味が湧くところだ。


 と、月涙さんはおもむろにスカートへ手を伸ばし、中から何かを探り出す。

 無言のまま取り出されたのは四つに折れ畳まれた二枚の紙片。そのうちの一つを彼女は開き、机に這わせて俺に渡してきた。


 その中身とは。


誓約書

私、月涙雫紅は自宅及び自身から半径五〇メートルを除いて、尾棘おとげ綱道つなみちの尾行行為並びに撮影行為を許可する。


 しかも文字が書かれた右下の方には、血で押された指紋のようなものがある。


 ………血判?


 確かに用紙を持つ右手人差しの腹にはにぶく光る紅い球の痕跡こんせきが。

 とても正気の沙汰とは思えない。尾棘にしても月涙さんにしてもだ。

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