第21話 一世一代、驚愕の告白2

「え………………?」

 そんなに大きな声ではないのに、酷く動揺した月涙つきなみさんの声が廊下にまで伝わってくる。

 それは一六四人目どころか人生で最初にして最後の、二度とされることがないであろう告白だった。

「嘘とかドッキリとかじゃないですし、聞き間違いでもないです。至って真面目に聞いてるので返事の方を頂ければと」

 嘘や聞き間違いのみならず、ドッキリの可能性すらも封殺する。

 むしろ真面目にこんなことを聞かれて返事をさせられることの方が酷薄こくはくだ。

 月涙さんの心中お察しします。

「へ、返事を数日後に返すって言うのは………」

「今でお願いします」

「は、はい。少しお待ちください……」

 尾棘の有無を言わさぬ迫力に気圧けおされてるのか敬語になっちゃってるし。

 と、俺はここで遂に我慢の限界を迎え、閉めた教室のドアをバン!っと開け放った。

 轟音ごうおんが鳴り響き、月涙さんの肩がビクッと震える。

「おい、良いところなのに邪魔するなよ」

「何処がだよ!どんな風に告白するのか興味本位で聞いてて正解だった」

「聞いてたの⁉」

「月涙さん、こいつはやっぱり危険だから関わるべきじゃない。撮影許可に尾行許可とか、お前完全に盗撮を合法化するつもりだろ」

「そうなの⁉」

 俺が不穏な言葉を発したお陰でようやく危機感を覚え始めたのか、月涙さんが僅かに後退する。

「おい颯希さつき、話をややこしくするんじゃねえよ。そういう細かい話は順を追ってだな」

「やっぱりするつもりなんだ⁉」

 おびえた目を尾棘に送る月涙さん。

 そりゃそうなる。

「隠していても仕方がないので言いますけど、勿論盗撮はします。むしろするつもりしかないです。基本的には一日中つきまとって、学校へ行くときでも休日の買い物でも、気の向くままにパシャります。でも誤解を解くために言わせて貰うと、俺は月涙さんに危害を加えたりするつもりはないし、尾行や盗撮によって迷惑をかけるつもりもないんですよ」

「それこそが十分な迷惑行為だろ。頭沸いてんのか?」

「うるせえ!だからこうして許可を取ろうとしてるんだろうが!」

 茶々を入れるなとばかりに鋭い眼光で威圧してくる。

 がたいの良さが相まって尚のこと怖い!

「とにかく、俺としても月涙さんに迷惑がかかるのは本意じゃないので、風評被害が行くようなことは絶対しないと誓います。そのことも踏まえてどうぞ良心的な判断を!」

 明らかに努力の方向を間違えようとしている尾棘が、そんなことを言いながら月涙さんににじり寄る。

 すると彼女は更に一歩引いて、

「必死なのは伝わるし、迷惑を掛けるつもりがないのも分かるけど。うーん……」

「考える余地なんてないって。悪いこと言わないから止めとけよ」

「いやさ、普通の告白なら万全の体制で断ることが出来たんだけど、斜め上過ぎて逆にありかもって思ってるんだよね」

「無しだろ。どう考えても」

 尾棘の変な熱気にあてられて気が狂ったのかもしれない。

「尾棘君に質問なんだけど、一日中つきまとうって言ってたよね?あれって文字通り一日中なの?家の中まで付いてこられたりすると流石に……」

「そこは大丈夫です。撮影するとしたら主に月涙さんが外出先で一人の時ですかね。あ、颯希と一緒に居る時はバンバン撮ります。こいつは人間としてみなしてないので」

「おい」

「例えば月涙さんに彼氏がいて、デートしている場面を遠目から見かけたとしましょう。その時は舌打ちをして唾を吐くことしかしません」

「そこまでしなくても……」

「冗談です。つばを吐いたら地面が汚れるので、舌打ちしかしません」

「そう言う問題なの⁉」

 月涙さんの絶叫が教室に響き渡る。もしかすると開いた窓からグラウンドにまで聞こえているかもしれない。

 数瞬の沈黙が流れ、緊張感が高まっていく。

「うん、決めた。お待たせしてごめんなさい。けどその前に颯希さつきにはこの部屋を出て行って欲しいかな」

「え、なんで?俺も聞きたいんだけど」

「だーめ。後でどっちかは教えてあげるから、聞こえないところまで離れててよ」

「分かった……」

 後で教えてくれるなら同席したって良いじゃないかと思わなくもないが、本人たっての希望を無下むげにすることも出来ないので仕方がない。二回目は流石に怒られそうだしな。

 俺は時間を潰すため廊下へ出ると、ぶらぶらと廊下を歩いていく。

 中央階段で二階から三階に上がると、廊下では吹奏楽部や軽音楽部の生徒が演奏の練習をしていた。日の入りまでまだ時間があるとは言え、教室を通して差し込む茜色の光がスポットライトの役割を果たし、彼ら彼女らを朱く照らし出している。

 高校生活を謳歌する生徒達の姿を目に映して薄く笑みを浮かべると、俺は止めた足を動かし始める。

 そしてまた、あてもなく彷徨さまよい歩くのだった。

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