第19話 気合

 木曜日の終礼終わり。

 挨拶が終わるやいなや、我先にと月涙つきなみさんの元へ集結する我がクラスメイト達には感服せざるを得ない。その中でも特に上級者ともなれば『クリムゾンティア』なる新興宗教を立教し、学内で彼女のことを偶像として崇め、遠目から拝んでるだけの奴もいたりするので一周回って賞賛に値する。

 最近ではこんな光景が日常茶飯事だ。恐怖しかない。

 ファッションの話、食事の話、アニメの話、学校の話、好きな人の話。

 彼女に振られる話は総じてバラバラで、ジャンルも多岐たきにわたる。自分に意見を求められた際に相槌あいづちを打ったり、ちょろっと意見を述べるだけで、進行自体は基本話しかけてくる方に任せっきりと言うのが彼女のスタンスなのだが、こと今日に至っては彼女の方から話を振りにいくなど水を得た魚のように生き生きとしていた。余程この後のことが不安らしい。

 現実逃避と言ってしまえばそれまでだが気持ちは分からなくもないので、気が済むまで勝手にやれば良いと思う。俺は部室で彼女を待つべく、鞄の中に教科書やら筆箱やらを仕舞っているとそこに尾棘おとげの声が耳に届いた。

「セッティングありがとよ。俺先に特別準備室に行って待っとくから、月涙さんの手が空いたら伝えといてくれ」

 残らないといけなくなってしまった……。まあ仕方ないか。

「分かった。ちゃんと場を作ってやったんだから約束守れよ?」

「心配するな、もう消してあるぜ」

「やけにあっさりしてんだな、大事なもんじゃなかったのか?」

「大事だったし、辛かったぜ。二一八人の月涙さんを殺してしまうようで、身をよじる思いだったからな」

「身を切る思いだろ!」

 月涙さんの写真見てもだえてんじゃねえか。

「まあ見てろ。彼女らの死は無駄にしない」

「死んでねえよバカ。さっさと行ってろ」

 やけに自信満々な顔に腹が立つ。

 しっしっと追い払い月涙さんの方へ向き直る。この談笑が終わるまで待たなくてはいけない。暇を持て余した俺は顔を机にどっぷり浸け、浮上してきた死体のような体勢でどんな会話が成されているか諦聴ていちょうする。 


雫紅しずくちゃん今日はなんで髪型変えてるの?もしかして気になる男子でも出来たとか」

「違う違う、そんなんじゃないからっ!そういう婿折むこおりさんだって今日は髪巻いてるじゃん。良いことあったんじゃないの~?」


「このあと時間ある?今から俺と学内カフェ行かない?」

「この後用事があるの、ごめんね一銭ひとぜひ君。また誘ってくれたら嬉しいな」


「その髪型似合ってる。すっごく可愛い!」

「ありがとう~。則封のりとじさんもそのリボンすっごく似合ってるよ!」


「是非一度北館横の部室棟へ足を運んでいただけないでしょうか?我々クリムゾンティアの面々は貴方がお越しになるのを心待ちにしているのです」

「ねえ飾夢かざゆめ君、善処するから手をすりすりこすりながらあがめるのやめて⁉」


 平均的に容姿についての言及げんきゅうが多い気はする。一部特殊な奴もいるが、それは聴かなかった方向で。

 普段は胡桃色の髪をポニーテールに結わえている月涙さんだが、珍しく今日はまとめずに下ろしていた。髪型が変われば雰囲気もごろっと変化する。以前よりスカート丈も長くしていることもあってか、かなり大人びた印象を受けた。今の月涙つきなみさんになら、彼女の代名詞とも言うべき『可愛い』よりも『綺麗』と言う言葉の方が似合う気がする。

 この後のことを知っている身としては気合いを入れるための勝負髪型なのだろうと予測出来るものの、そうじゃない奴にとってはイメチェンか何かだと勘違いするのも無理はないだろう。

 彼女は歓談にふけっていて、まだまだ終わる気配が見られない。

 背中をさする心地良い春風のなすがままに俺はスッと目を閉じた。

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