第18話 蜜食先生の乱入

 言葉も何もないまま互いの視線はからまり合い───。


「誰も見てないからってお熱い事ね。うらやましいわ」

「「っ‼」」

 二人して体がビクンと縮み上がり、俺は顔をすぐさま横へ、月涙つきなみさんはひょいっと半歩飛び退く。扉を開けると同時に声を放ったのは、透き通るような青いブラウスに白いロングスカートを履いた呆れ顔の女性、蜜食みつじき先生だ。

 何の用件で来たのか知らないが心臓が弾け飛ぶかと思った。

「何ほうけてるのよ。続きをしたいならお構いなくどうぞ?」

「「しませんよ‼」」

「私は気にしないわよ」

「俺らが気にするんです!」

 頭がバグってるのかと思ったが始業式での発言を思い出し、この人なら言いかねないかも、と納得してしまう。それに人前でイチャイチャするのが気にならない人は、多分先生が入った来たとしても何ら変わらず続けていると思う。……流石に偏見が過ぎるだろうか?

「貴方達の関係値ってそんなに高かったのね、全然知らなかったわ。歳月が経つのは早いものなのねえ」

「たった一週間ちょいですけどね」

「この調子なら私が直接手を下すまでもないかしら」

「そんな格好良い台詞を言う場面じゃねえ!」

 敬語すらぶっ飛んでしまうほど動揺してしまっている。

 蜜食先生はここに居座る気満々でいるのか、積み上げられた椅子の中から取りやすそうなものを選ぶと、扉付近に陣取ってしまった。非常に帰りづらい位置に布陣されたものである。

「人生は一度きりだから楽しんだ者勝ちだし、責任が持てるなら『節度を守った行動を』なんて言うつもりは毛頭無いわ。この学校の生徒は基本的に賢いし、何を何処どこまですればどうなるのか大体想像が付く筈だもの。だから教室で抱き合ってようが接吻せっぷんしていようが、極端な話ヤっていようが好きにすれば良い。くどいようだけど責任が持てるならね?少なくとも私はそういう考えなのよ」

「随分寛容な考えをお持ちなんですね」

 少し落ち着いたらしい月涙つきなみさんが感心したように言うと、

「その方が後々面白いのよねえ。まあその辺りは私の都合かしら」

 目を細めその先の未来を見据えるかのように薄く微笑む。

 意味がよく分からず黙っていると、独り言だから気にしないでくれと言われてしまった。

「私の目的は達成できたし、やっぱり戻ろうかしら。仕事やらずにこっちへきちゃったのよねえ」

 そう言うと今出して座ったばかりの椅子を元在った場所へ片付け、そそくさと出て行ってしまった。

 特別準備室に二人だけが取り残される。

「何がしたかったんだ」

「蜜食先生はこの部活の顧問だし、様子を見に来たんじゃない?」

「かもな」

「…………」

「…………」

 少し言葉を交わしただけで沈黙が流れ、視線が合ってもすぐに外れてしまう。原因は明白で先生が来る直前のやりとりが過り、羞恥心しゅうちしんが込み上げてくるからだ。彼女も似たようなことを考えているからこそ、互いに会話もままならないのだと思われる。

 全く人騒がせな先生だ。驚かすだけ驚かせておいて何の説明もなく帰って行くなんて。

 この空気をどうしろってんだよ。

 何かしないと落ち着かず、机の上で散らかったままの月涙さんばかりが写された写真を回収してまとめながら聞いてみる。

「えっと、一旦尾棘には承諾して貰ったって返事返しても大丈夫か?日にちとか時間とか問題なさそうなら連絡しとくけど」

「ほよっ、そういう話だったね。すっかり忘れてたよ。まあ半分は私のせいでもあるけど」

「いや、先生に見られたのも含めて一〇割そっちの所為だから」

「そもそも尾棘おとげ君に脅されるようなヘマをしなければこんなことになってないんだから、責任はそっちに有るんじゃない?」

「それを言ったらあいつに大量の素材を提供した方が罪重いだろ!」

「撮られてるなんて思いも寄らなかったし、気づかなかったんだもん仕方ないじゃん!それに颯希さつきだって一枚提供してるんだからお相子でしょ!」

「その写真だってそっちが抱きつくような感じで───」

「それはっ───‼」

「っ‼」

 熱くなり始めると余計なことまで口走る。

「…………今この話良くないね。やめよっか」

「…………そうだな。お互いに悪かったってことで水に流そう」

 気がつけばもう六時に近づいている。最近では日も長くなってきて太陽の傾き具合では時間が計りづらくなってきていた。今日も今日とて先生を覗いて部室を訪ねに来た生徒数はゼロ。月涙さん目当てで入部届を出しに来そうな奴は山のようにいる癖に、誰一人としてノックをしてこないのは何故だろうか。皆臆病者ばかりなのかもしれない。

「今日はもうおしまいかな。戸締まりして帰ろっか」

「だな」

 月涙さんが開いた窓を閉める度、冷たい風に乗ってシャンプーか何かの香りが漂ってくる。服に纏わり付いた甘い残り香のように、俺は彼女に囚われていく。


 物語を彩るのはポンポン弾む主旋律。それはまるで雪の上に素足で踏み込んだ子供のように無邪気で軽快で調子が良い。

 第一幕から第二幕へとバトンを渡すため音色が疾走する。

 何処までもほがらかな一幕を通して、誰もが羨む日常をつくろろって。

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