第16話 交渉

 さて、と気合いを入れ直す。ここからは俺の手番。ストーカーされている事実を知らせ、恐怖のドン底へ突き落とし、こちらへ付かせる。これが俺のプラン。

 俺の学内地位を保つために、月涙つきなみさんの学生生活を脅かそうというのだ。そう言う意味では恐喝きょうかつも同然、あいつとあまり変わらない。

尾棘おとげって分かる?」

 まず小手こて調べにあいつの名前を出してみる。

 話していたときは近くに月涙さんもいたし彼女の方に指を指したりもしていたので、誰のことかくらいは分かるかもと考えていると、

「この間声かけられてた人だよね?颯希さつきが声かけられるのなんて珍しいなって思ったからよく覚えてる」

「その悲しい認識方法は廃止しろ。あいつの存在は変態って単語で認識出来る」

「出来ちゃうの⁉」

 案の定、気がついていたらしい。

 ここまでは想定内だ。特に問題は無い。

 次は最初に言おうとしていた要件を伝える。

「で、その変態からの頼みなんだけど、今週木曜日のこの時間二人で会いたいらしいんだ。場所はこの部屋でいいって」

 厳密には俺が場所を決めているので尾棘からの頼みではないのだが、その辺りの細かい話を彼女に伝える必要もないだろうと省略する。

「ふーん」

 どうしよっかな~、と考える素振りを見せる月涙さん。

 まあここまではさほど重要ではない。問題はここからの持って行き方だ。

 ほぼ一○○パーセントないと予測しているが、自爆や道連れを選ばれようものなら俺の立場が終わってしまう。手順を間違えないように気を付けないとな。

「ここで一つ凶悪な知らせがある」

「ただ悪いだけじゃないんだ……」

「月涙さんの日常は脅かされているんだ」

「標的型メールかな?」

「これを見てくれ」

 取り出すは例のブツ。

 尾棘が交渉素材として貸してくれた写真だ。あの後家に帰ってから数え直してみたのだが一○○枚どころでは止まらず、なんと二一八枚もあった。結構金も掛かっただろうに、全て写真用の台紙でプリントされている。

 しかもアップの仕方やピントの合わせ方、撮影角度等、一枚一枚凝って丁寧に撮影しているのが分かるため味がある。被写体として選ばれた素材は文句無しなので、これが盗撮ではなく本物の写真撮影ならどんなに完璧だったことか。

 いや、むしろ何も知らされていないからこそ自然で新鮮な姿を収めているのか?同じ人間が二人といない様に、一人の人間ですら全く同じ顔や振る舞いをする事は無いのだと知らしめられた。

「わ……たし?」

 え、…え?と俺と写真を交互に見やり、信じられないというような顔をしている。首を動かすたびに神主かんぬしさんが大幣おおぬさを振るかのように、ファサッファサッと胡桃くるみ色の髪が揺れ動いた。

 無理もない。こんなものを見せられてビックリしないほうがどうかしている。

「やばいだろ?」

「寝耳にや水過ぎて困っちゃった」

「そりゃ驚くわ。寝てたら跳ね起きる自信がある」

「でしょ?何がヤバいって、それを嬉々として紹介できる颯希さつきの性根がヤバいよね」

 俺が悪いのかこれ。

「これらを公開されたくなかったらさっきの条件を呑めってのが尾棘の頼み、いや、命令だなこれは」

 俺は半分くらい手に取ると月涙さんに手渡し、残りの半分は俺の手で見せていく。目を通した枚数が増えるにつれ、徐々に死んでいく瞳の輝き具合。一秒経てば次の写真、一秒経てばまた次の写真とめくって捲って捲っていき、ものの三分程度で彼女は一覧した。

 もはや瞳からは生気が失われている。

 だが俺はお腹いっぱいとでも言いたげな彼女へ、最後の追い打ちを掛けた。

「まだあるの……?」

「次が最後。その死んだ目を真なる絶望に変えてくれると思うぞ」

 極めつけとばかりに俺と映ったものを机に叩きつけて見せてやる。バンっと響く大きな音。

 肉を切らせてなんとやら。これで事の重大さが分かったのではなかろうか。

「どう?」

「ほよ、よく撮れてるね」

「いや、ポジティブな感想は求めてないんだけど……」

 俺が求めたのは月涙さんが尾棘と会うと決めてくれたかであり、そうでないなら骨まで断った意味がない。

「ハッキリ言っても良い?」

「どうぞ」

 承諾の返事を期待して───、

「謹んでお断り申しあげます」

 頭を下げながら言われた。

 …………嘘だろ?

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