第12話 尾棘綱道脅しの儀式1

 俺の日課は学校が終わるとすぐに帰宅し、鞄も靴下もほっぽって制服のまま眠ることだ。そんな世界一幸せな時間のために仕方なくでも学校へ行っているところがあるし、だからこそ、その楽しみを奪われるのは気に入らない。


「ちょっといいか」

 

 帰ろうとしていたところへ声をかけられた。足の長さと座高の高さを目算で測ったところ、身長一七五センチくらいだろうか?ブレザーを羽織はおっている姿では分かりにくいが、肩の張り具合から体格は割とガッチリしている方だろう。体育会系イケイケ男子にしか見えない。俺とは縁遠い奴だ。


 俺は視線も合わさず無視することに決める。しかし帰り支度を終えて立ち上がり横を通りすぎようとすると、肩をガッチリ捕まれてしまい身動きがとれなくなってしまった。

 なんだこいつ。


「おい、無視すんなよ」

「なんだよ。部活の入部申請ならあそこのたかられ少女が窓口だぞ」


 群がられている月涙つきなみさんの方を指差す。

 あれから数日が経ち次の週になると、終礼終わりの月涙さんに対する声かけ事案が多発していた。正確さを際立たせるならば終礼だけでなく休み時間も、だ。

 よくあるパターンとしては転校初日から三日くらいに掛けて話し掛けられる確率が高まると思うのだが、うちの学校生徒は少しずれているらしい。


「分かってるよ。そんなことならわざわざお前みたいな暗いやつに頼まねえ」

「喧嘩したいのか?ならあの辺で月涙さんの悪口を言うのがおすすめ」


 やっぱり群がられている月涙さんの方を指差す。

 ああいうやからの中には狂信者が一人は居ると相場が決まっているのだ。


「まあその月涙さんのことで話があるんだけどよ」

「なら当人に───」

「お前に話があるんだ」

「てかお前そもそも誰だよ」

「隣人の名前を覚えていないとは失礼な奴だな」

「興味ないのに覚えてる訳ないだろ」

薄情はくじょうな話だ」


 クラスの面々なんて殆ど覚えてない。去年関わってこなかったのだから、知り合いが少ないのは当たり前だろう。


「俺は尾棘おとげ綱道つなみち。一旦場所を移そうぜ。ここじゃ人が多すぎる」


 まるでどこかの漫画に出てきそうな台詞を吐いて、後を付いてくるよううながしてきた。

 確かにまだ授業が終わってすぐなので、引き出しを片したり友達と世間話をしたりと教室に残っている生徒は多い。こんな中で話しても注目されることは無い筈だが、それでも場所を移したいと言うのは相当聞かれたくない話なのだと推測できる。


 もしくは今朝何度か言われた、「雫紅しずくちゃんに近づくんじゃねえ」的な話かもしれない。もしそうなら相手にするとむしろ面倒なことになるが……。

 二つに一つか。しかし得体の知れない隣人にそこまで従う義理も無い。そもそもコイツ隣人とか言ってるけど、席は左隣のそのまた左隣だし。

 隣人の定義を教えて欲しい。


「ここで話せないのなら俺は帰る。じゃあな」


 俺はばっさりと切り捨て立ち去ろうとした。

 前進しようとした体が、尾棘の体によってドムンと弾き返される。フィジカルの差は歴然だった。


「そう急ぐなって。まあ別にここでお前を殺してやってもいいんだぜ?」


 社会的にな、と付け加えた尾棘は突然スマホの画面を操作し始めたかと思うと、端末の画面を俺の方へ向けてきた。

 そこに映っていたのは───。

 

 特別準備室で俺が月涙さんに耳元でささやかれていたあのシーン。


「おい、お前それ普通にとうさ────」


 盗撮じゃないのかと問い詰めようとしたら、ムグっと手で口を塞がれた。


「話は聞いてくれるよな?」

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