第11話 おぎゃロミとおぎゃジュリ2

 俺は未だにぷにゅぷにゅと触っている彼女の腕を掴んで机に置くと本題に入る。


「で、何すんの?」

「なんでもいいよ~?」

「部活動の癖に自由だねえ」

「生きたいように生きたいもん」

「そりゃそうなんだけどさ」

「じゃあ家族ごっこなんてどう?」

「幼稚園児じゃあるまいし」

「え~、思ってるよりも楽しいと思うよ」

「思ってる以上につまらない予感しかしない」

「じゃあ考えてみようよ。配役は赤ちゃん(男)と赤ちゃん(女)ね」

「もうその時点で物語始まらないだろ」

「じゃあ作ってみるからさ、上手くいったら一緒にやろ?」

「えー」


 絶対に上手くいく気がしない。まあその方が何もすることはないし、月涙つきなみさんが勝手に自爆するだけで済むから楽だけど。


「あるときどこかの家庭とどこかの家庭に赤ちゃんがいました。両家の母親はご近所に住んでいたのか、その地域の公園でよく鉢合わせしました。しかし二人は元から仲が悪いのか公園のルールに感覚の差があったのか、とにかくよく口喧嘩を行うような犬猿の仲でした」

 

 どんな設定だよ。登場人物二人で収まってねえし!


「ここで忘れてはいけないのが二人は赤子を持つ母親だと言うこと。彼女らは毎回必ずと言っていい程抱っこひもで赤ちゃんを連れてきています。赤子達は毎回のように顔を合わせることで次第にかれ合っていったのです」


 赤ちゃんにそんな自我ねえだろ!


「赤子達はその愛故か、お互いの家が何処なのか行ったことがなくても肌で感じ取っていたのでしょう。赤ちゃん(男)の母親が赤ちゃん(女)の家の前を偶然にも通ったその時、赤ちゃん(女)は、結ばれることが出来ない嘆きを叫びに変えてオギャりました。おぎゃおぎゃぎゃ、おぎゃおぎゃぎゃーぎゃぎゃ、おきゃぎゃっぎゃ?」


 何それ可愛い。

 けど、


「その時偶ときたま溢れ出るロミジュリ節はなんだよ!」

「え、なんで分かったの……」

「有名な台詞を全部おぎゃおぎゃで済ますな」


 『ああロミオ、貴方はどうしてロミオなの?』的な台詞を言いたかったのは何故か伝わった。しかし、強引な赤ちゃん設定だから仕方ないのかもだが、それならもうちょっとなんとかしてほしい。


「良い感じだったでしょ?成功って事で一緒にやってみよう」

「絶対やらねえ!」

 

 寸劇クオリティが低すぎて恥ずかしいだけだ。そもそもまともに台詞せりふ出てきたの赤ちゃん(女)パートだけだし!


「ていうか、そんな恥ずかしいなら最初からすんなよ」


 平静を装って普通に話そうとしていたみたいだが、若干唇が震えていたのと、何より耳の辺りが桃色に染まっている。表情は隠せていても体に表れる変化までは誤魔化せない。


颯希さつき君の前であんな台詞言うのなんて恥ずかしくないわけ無いじゃん」

 

 あ、これ良い感じにいじれそう。さっきの仕返しだ。


「可愛かったぞ」

「ひゃっ‼」


 気恥ずかしい台詞ついでに、先刻彼女にされたほっぺたぷにぷに攻撃も加えてやる。

 

 すると効果はあったらしい。

 漫画でなら確実に効果音としてボンっと描かれている筈だ。本当に爆発音が響き蒸気が出そうな勢いで、彼女の顔が火照ほてっていく。指先から感じられるお風呂のような温かみ。ハリのある柔肌やわはだ。それ以外にも数え出せばキリが無い。とにかく言葉で形容しがたいほど気持ちが良かった。

 しばらいじくり回していると彼女はつぐみっぱなしだった口を開く。


「ね、ねえ。私そろそろ限界なんだけど……」

「あ、悪い」


 すっかり堪能たんのうしてしまった。少しだけ名残なごり惜しかったが、ライオンが狩りをするときのような鋭い視線を向けられすぐに離す。


「良かったね」

「ごめんて」

ゆるして欲しい?」

「まあ、出来ることなら」


 同じ部活にいる限り気まずいのは嫌だしな。

 すると何を思ったのか椅子から立ち上がりこちらへ回ってくると、椅子に座る俺を抱くようにして耳元でささやく。


「じゃあ私と結婚してくれない?」

「家族ごっこはもういいって!」


 かじかんだ子供の手のように冷たく凍えそうな音色があふれ出ている。


 一度開いてしまったが最後、電池が事切れるまで終われない。

 不安で怯えて本音が見え隠れするようなおどおどした旋律。

 前奏ももう終わりだ。

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