第9話 宿泊部2

「ならそっちの嗜好しこう調査証も見せてくれよ」

 俺にだって知る権利はある筈だ。内容に興味はないが情報を握っているという事実はいくらでも有効活用できるし、相手の行動を制限する抑止力になる。それに俺だけ知られてて向こうのは知らないなんてフェアじゃない。 


「デリカシーがないなあ。女の子にそういうことを聞くもんじゃないよっ」

「何それ、ずるくね?」

「デリカシーについて言及しやすいのが女子の特権だからね~」

「ま、なんでもいいけど」

「ほよ、引くの速いね」

「母親と妹がテキトーに書いたやつだからな。俺とは何の関係もないんだよ」

「あれ、それって正確に判断できなくなるからダメなんじゃなかったっけ?これはまたまた弱みを一つ握ってしまったか~?」

 左腕で頬杖を突きながら右手の人差し指で俺を指さし、催眠術でも掛けるようにゆっくり回す。

「どお、ウザい?」

「マジウザい」

 臆面おくめんも無く思ったまま正直な感情を言ってやる。こういうのは面と向かって伝えるのが一番効果的だ。直接相手のライフにダメージを与えることで、嫌がらせのような会話を控えさせたいという魂胆こんたんからの行動。友達とかに対してキツい言葉を掛けるのに抵抗を覚える奴もいるみたいだが、少なくとも俺はノーダメージ。なんとも思わない。それにはなから友達って訳でもなく、ただの知り合い程度の関係値だ。

 こうして強めの言葉を放ったわけだが、とうの本人はさしてダメージを受けた様子もない。

 彼女は俺に向けている指を自分の頬にあてて首を傾けると、

「でも可愛いでしょ」

「………………まあ」

 端麗たんれいな笑顔で応戦され、どもってしまう。スポーツにしろ大会にしろ何においても、絶対に決まったと油断したときのカウンターほど怖いものはない。

「なになに、目線逸らしちゃって~。かわいいなあ、もう」

「なあ、マジで誰目線なの?母ちゃんなの?」

「ママ友繋がりで小さい頃から知り合いの男の子が、恥ずかしがってる現場を目撃した幼馴染目線?」

「黒歴史じゃねえか」

 パッと思いついたにしては細か過ぎるだろ!

 月涙つきなみさんは楽しそうに続ける。

「でもでも、一緒に過ごしてきた幼馴染だから、颯希さつき君のことなんでも分かってくれるんだよ。嬉しくない?」

「なんでもって、本当に何から何まで全部か?」

「そうそう、誕生日や好きな食べ物、それこそ好きな女の子の傾向まで全部」

「そいつ絶対ストーカーだろ。怖いわ」

「わっかんないよ~?例えば学校でつい先日行われた嗜好しこう調査が見られていたり、コピーされていたらそんな人が出てくるかもでしょ」

 実際彼女は俺の分のコピーを持っているわけで、その可能性もあり得るのか…。鳴染なれそめ高校の新調査のおかげで、一概にストーカーだと決めつけるのが難しくなってしまったようだ。これは犯罪の検挙率が下がるのを防ぐ方策を打ち出すべきでは?

「で、さっき私のこと可愛いって言ってくれたよね。つまりは付き合いたいって事?」

「どんな理論だよ」

 『私の事好きって言ってくれたよね。つまりこれが結婚だよね』ってくらいの飛躍ひやくっぷりに舌を巻く。

 うん、あんまり例えの精度良くねえな。

「だって今まで告白してくれた男子達に、なんで私の事を好きになってくれたのって聞き返したら、大体の子が可愛いからって答えるんだよ?」

「じゃあそいつら月涙さんのことをなんも見てないんじゃねえの?世の男子のほとんどがそんな奴らと同レベルだと思われるのは我慢ならんぞ。それ母数何人でそのうちの何割?」

「一六三人中の一三四人だけど」

「は?」

 あまりの人数に唖然あぜんとする。え、一○○人単位で告白されるとかあるの?

 俺はスマホを取り出し、とあるアプリケーションを開く。

「いないか……。そんなバカなことマジで……?」

「何調べてるの?」

 前屈みになって中身を覗こうとする彼女に見られないよう、スマホの画面を暗くして机に置き直した。

「いや、マッチングアプリで彼氏募集でもしてんのかなって思ったから『しずく』さんを検索してただけ。知らん人しか出てこなかったけど」

「マッチングアプリは入れたことないし!そんなに男子に飢えてるように見えるの⁉」

「誘ってるようには見えるぞ」

「うっそ、どの辺が?」

 本人的には誘っているつもりが全くないのか目を丸くして聞いてくる。

「生徒手帳を読め、生徒手帳を。スカート丈の校則書いてあるだろ」

 豊満ほうまんな体付きに可憐かれんな顔というだけでも男子は大勢寄ってくるのに、その上スカートの長さも校則違反の短さときた。太ももの辺りまで見えるなんて、男子を悩殺するには過剰も過剰。オーバーキルにも程がある。

 自分が男子ホイホイだと気がつくべきだ。

「あ、この学校はもっと長いのかあ。前の学校はこのくらいが普通だったから、こっちでも問題ないと思ってたんだけど」

 マジか。偏見だけどその学校ケバい女子が一杯居そう。

「じゃあロングスカートにすれば告白される数ももっと減るかな?正直な所、毎回断らないといけないから申し訳ないんだよね」

 告白されるシチュエーションを脳裏に浮かべてか、憂鬱ゆううつそうに溜息をつく。

「そんだけよりどりみどりなら顔が良い奴の一人くらい居るだろ?お遊びで受けてやったらいいのに」

「そんな不誠実なことはしたくないもん」

「ふーん、じゃあ熱を帯びて好きな人でもいんの?」

「好き……なんだと思う?」

「俺に聞くなよ、知らねえよ」

 それもそうだねと肩を揺らして微笑みを浮かべる。

 女子って本当に狡い。表情一つ、仕草一つでそれ以上何も聞けなくなるんだから。

「ねえ今度颯希さつき君の家に突撃してもいい?」

「ダメ」

「え~、ちょっとくらいいいじゃん」

「ダメ」

「ケチ」

 不服そうな顔をされても困る。

 突撃されて親とか妹とかが居たあかつきには、なんていじられるか分かったもんじゃないし。

「何でまたそんな急に。俺の家に突撃して何すんだよ。取材か?」

「そんなわけ。私達の部活動を忘れたの?」

 宿泊部。そう宿泊部だ。

「説明通り、宿泊部って言うからにはどこかにお泊まりするんだよ」

「一人で勝手にやってくれ。俺はそんな部活するつもり無いし」

 言いもって帰るために鞄を持つ。特に中身を出してないので片付ける必要も無い。

「つれないなあ。ならせめて部室には顔を出してよね。毎週火曜日と木曜日、約束だよっ!」

「気が向けばな」

「そこは向けてよ!」

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