第8話 宿泊部1

 放課後。

 始業式だというのに、血気盛んな生徒達は入学早々部活動の見学に行ったり、練習を体験させて貰ったりしているようだ。この鳴染なれそめ高校は元々部活動に関してそこまで力を入れているわけではなく、管理体制もかなり杜撰ずさん。新たな部活動を始める際には教師に申請する必要はなく、唯一相談が必要なのは部室を求めた時くらいだ。しかも一応各部活動ごとに担当顧問こもんはついているもののお飾りばかりで、熱心に面倒を見ている教師なんてごく一部。そんな学校が新たに部活動を作ろうなんて言い始めたのだから仰天ぎょうてんものである。

 しかもその部活動に入ることになるとは未だに信じられない。

 ウェイウェイするキャラじゃないしな。

 月涙つきなみさんから渡されたメモ用紙に指定された場所は、本館四階の一番西側にある普段は使われていない空き部屋だった。特別準備室と呼ばれる一室で、一年ほどこの学校に通った俺ですら最近までその存在を知らなかったほど認知度が低い。

 とは言っても俺は校舎内をふらふらと当てもなくふらついたりすることがないので、当たり前と言えば当たり前のこと。知ろうとしなければ、どれだけ見たことがあっても、どれほど聞いたことがあろうとも記憶には残らない。

「っと、何これ。開けづら」

 ゴッゴロゴロと遠雷に似た音を立て、滑りの悪い扉が開く。生徒から存在を忘れ去られ、使われていなかった教室は少しばかり寂しくほこりっぽい。そんな静かな教室。

 そこに左から数えて四番目の窓の前で一人佇み、外を望む月涙つきなみさんの姿はどことなく淋しさがあって、あんなシャボン玉が弾けたような天真爛漫てんしんらんまんな人と同じだとは思えないまでにしとやかだ。我が子を撫でるような優しい風に彼女の髪がふわふわ揺らめき、服やスカートがフワフワはためく。

 一瞬、誰か分からないまでのまとう空気の違い。

 彼女の姿に俺は視線を奪われて────。

「……もー、おっそ~い!何分待ったと思ってるの」

 ……前言撤回。ダメだこりゃ。

「早すぎんだよ」

 また終礼が終わってから一〇分も経ってない。最速で準備をすれば間に合うには間に合うが、余程熱心に部活をして居る生徒じゃなければそんな早くには来ないだろう。

 ましてやこちらは今日設立された謎部活で、俺は強制的に入部させられた部員だ。

「友達居ないからね~」

「俺と同じかよ。だっせ」

「ほよ、違うし~。転校生の私が友達居るわけないでしょ?馬鹿じゃないの~」

「っ!」

 ド正論に返す言葉もなく、俺は奥歯を噛みしめる。

 見た目可愛いのに、ほんと中身は可愛くない。沈黙していれば鈴蘭すずらん、会話していればダリアの花のよう。二面性を持ち合わせているどころか、二面性を持ち合わせすぎだ。

 それにしても、と自らの墓穴を誤魔化して言う。

「この部屋何年使われてなかったんだろうな」

 机は整頓されて端に並んでいるけど、大掃除されている形跡はない。

 唯一埃が取り払われているのは、教室の中央で向かい合わせに並べられた二つの机だけ。月涙つきなみさんと俺の分の座席として、わざわざ綺麗にしたのだと思う。遠慮無く座らせて貰おう。

「使われていなかった期間は知らないけど、多分颯希さつき君が友達居ない期間と同じくらいでしょ。一二年くらい?」

「そんな長らくぼっち生活してるわけ無いだろ」

「ほよ、その見た目で?」

「良くもなく悪くもない見た目だと自負してる」

「その中身で?」

「俺の事なんて知らないだろ」

「さあって~?それはどうかな~?」

 そう言って彼女はこちらに近寄って座りつつ、ふところから半分に折られた紙を取り出す。

 まさか……。

「じっつは実はコピー持ってるんだよね~。残念でした!」

「なんで」

「う~ん、いて言うならお守りとして?」

「そんな紙切れ一枚で何を守るってんだ」

「そりゃ勿論恋愛成就でしょ?縁結びでしょ?告白妨害でしょ?安産祈願でしょ?それからそれから……」

「強欲すぎだろ。変なの混じってたし」

 安産祈願も大概だけどな。考える時期早すぎ。

「あ、でもでもお守りとして持つためにコピーさせて貰った訳じゃないよ。同じ部活動のメンバーなんだし、折角なら持っておけば?って顧問の蜜食みつじき先生から言われて」

 月涙さんの口から告げられた驚愕きょうがくの真実に頭を抱える。あんな変人発言していた先生が顧問とは、先行きが不安すぎて目眩めまいがしそうだ。

「ならそっちの嗜好しこう調査証も見せてくれよ」

 俺にだって知る権利はある筈だ。内容に興味はないが情報を握っているという事実はいくらでも有効活用できるし、相手の行動を制限する抑止力になる。それに俺だけ知られてて向こうのは知らないなんてフェアじゃない。 

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