第7話 雫紅との出会い

 ですよね⁉そんな気はしてたんだよ!


 俺は慌ててその紙を引き出しの中へ押し込み、気分を落ち着けようとする。

 ちなみに同封されていた学生証は、正式には嗜好しこう調査証と呼ばれる代物なのか、そんなめいが振ってあり、先程の紙の内容を縮小して転写したものとなっていた。

 その後も彼女は淡々とはずかしめを与え続け、全員分終えると教卓に戻る。

「はーい、みっなさんおっまたせ~。言わなくても身に覚えがあるよね?今渡していたのは、春休みに学校が実施した生徒嗜好調査の分析結果です」

 さっきクラスの様子を見ていた限り全員に封筒を返していたので、書かなかった生徒はいなかったのだろう。皆、顔をうつむけたり口を引き結んだりと、恥ずかしさを噛み殺している。

 まあ、学校から送られてきた書類に『厳正な処罰』なんて言葉が書かれていたので、真面目な生徒は恐れをなして書いてしまうと思う。処罰を受けたい人なんて基本的に居ない筈だし、そういう馬鹿なことをして喜ぶような人間がこの学校に来ることは少ないのだ。

「それはこの学校で新たに創られる宿泊部って言う部活動のため参考にされた調査なの。ご協力ありがとうございました。活動は言葉通り、誰かの家に泊まることらしいよ」

 取って付けたような安直な名称。主にライトノベルなんかで時偶ときたま出現する謎部活。それに類する部活動がウチの学校でも作成されたらしい。

 教室を右から左へ見回しても、以前からの知り合い同士であったり、近場の人同士であったり、とにかく誰かとこの現状を把握しようと整理している生徒が大半だ。


「あの子超可愛くね?」

「俺、先生の方が好みなんだけど」


 かなりとんでもないこと言ってんだから話聞いとけよ。

 一部の馬鹿も含めて教室内は徐々に徐々にガヤガヤと騒がしくなっていく。

そんな中で聞こえたのはパンパンという手を叩く音と、蜜食みつじき先生の凜とした甲高い声だった。

「はーい静粛せいしゅくに。あなたたちが興奮するのは大変よく分かるわ。『転校生で女の子が来た』、それだけで男子の大半は大喜びだろうし、女子も仲良くなるチャンスをハイエナみたいに狙っている筈だから。かく言う私もさっき聞こえた『俺、先生の方が好みなんだけど』って言葉に対して強烈な興奮を抱いているところなのよねえ。滝城たきしろ君とは放課後一緒にお茶をしようかしら。私もこんな風に必死に興奮を抑えているのだから、あなたたちもボルテージを抑えなさい!」

 始めのかっこよさは後半になるとどこかへ立ち消え、教室内はドン引きの空気感から喧噪けんそうが少し落ち着いた。

 名指しで呼ばれた滝城君に至ってはブルブルと身震いしてるしな。

 その隙を突いて月涙つきなみさんがさらに追加で話を進めていく。

「話の流れから気づいている人も居るかもだけど、私がその部活の部長の一人なの」

 直近走った動揺を意に期さず、何事も無かったかのように進める月涙さん。

 てか、部員の一人になら分かるけど部長の一人って何だ?変なワードだな。

「この部活には男女それぞれに部長を必要とするらしくて、男子側の部長をお願いしたい人が居るんだよねっと」

 教卓の角に両手を置き、見えない段差を飛び越えるようにひょいっと飛ぶ。ウサギみたいな身軽な跳躍ちょうやくだ。

 そのまま真っ直ぐ歩いてきて……、

「ねえ、苫依とまより颯希さつきくん。お願いしてもいい?」

 手を後ろに回し、少し前屈み気味の体勢で俺に声を掛けてくる。

 は?反射的に視線を逸らす。

 教室にどよめきが迸り、何故お前がと言わんばかりの視線が男子から向けられた。俺の方が聞きたい。

 彼女とは話したこともない筈だ。名字も名前も聞き覚えがない。

 こういうときは無視するに限る。

「…………」

「もしも~し、聞こえてるよね?」

「…………」

「返事をしないならこの入部届に颯希君の名前を書いて提出しちゃうけどい~い?」

 白紙の入部届を見せながら脅してくる。現時点ではこの女子に対して不信感しかない。

 俺は当然断ることにした。

「……入らない」

「はいっ、入部決定ね。今日からよろしくっ!」

 何言ってんだコイツ。

「入るって言った覚えはない」

「返事をしたら提出しないなんて言った覚えもないよ?」

 なんだコイツ。

「なんて冗談冗談、怖い顔しないで。私泣いちゃう」

揶揄からかってんの?」

「揶揄ってないと思うの?」

 ずかずか人の領域に踏み込んでくる。

 プリンのようにつやめかしい唇に人差し指を当て、こてっと首をかしぐ月涙さん。常軌を逸した可愛さと言うか何というか、彼女の所作一つ一つが男を惑わす凶器となりそうだ。

「気分を害しちゃったならそれは申し訳ないと思うけど、私は明るく楽しく元気よくを常に心がけてるんだ~。だから軽いノリみたいなのも多めにみて欲しいかなって」

「可愛く妖しくなまめかしくの間違いだろ」

「いいじゃんいいじゃん、口が回るようになってきたじゃん。じゃあ今は皆を待たせちゃってるしまた後でここに来て。どうせこれからのことを話さないといけない訳だしさ」

 え、マジで入部確定なの……?

 これからのことと言う不穏なワードを残しながら、桃色の小さなメモ用紙をポケットから取り出したかと思うと一方的に押しつけ、彼女はまた教卓へと戻っていく。

 本当に話は後でとのことらしい。

「私の愛犬がお待たせ致しました。ちょっとまだしつけがなってないから聞き分け悪いけど、これからちゃんと飼い慣らすので安心してください。あ、そうそう、入部には嗜好しこう調査の提出が条件となってま~す。もし興味があれば私に直接言うか、本館四階の特別準備室に来てください!日時は火曜、木曜の四時から五時半です。以上、月涙雫紅がお送りしました~!」


 どこかで崩壊のオルゴールが流れ出す。

 穏やかな日常を壊すメロディの前奏は、欠伸をかき立てる静けさで、泣きたくなるほど優美な音色から始まった。

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