第5話 生徒嗜好調査2

「いやいやいやいや、ちょっと待て!」


 めくった先にはあら不思議。そこにはボールペンで全ての質問に回答し終わった提出用紙が出てきたのだ。驚くなという方が無理な話だろう。


「どうかな?」

「あーちゃんと私でさっちゃんの趣味とか好きなこととか、色々意見を出し合って考えたのよ。私達の目に狂いがなければ全部正しい筈なんだけど、間違っているならまだまだ私達はさっちゃんのことを理解しきれていないってことよね」

「そもそも、該当者がいとうしゃ以外の記入はご遠慮くださいって書いてなかったっけ?」

「書いてたけど、それは他の人が記入しちゃったら本人の回答内容と誤差が出るからじゃないー?」


 理屈としてはそうかもしれないけど、だとしても勝手に書くのはまずいと思う。なんだかよく分からない書類にしても、学校に提出するものだし……。

 先程からニヤニヤしていたのは、この書類のことを考えていたからだろう。


「あーちゃんも私も、最初は記入までするつもりはなかったの。でも、どんなことを書くか見てみたいよねって話しているうちに、さっちゃんには荷が重いんじゃないかって結論に至ったのよねえ」

「荷が重いってのはどういう……」

「だってお兄ちゃんヘタレだしー?」


 出刃包丁でブスッと切り込むように端的たんてきな言葉。


「はあ⁉何を根拠にそんな———」

「ね、お父さんもそう思うでしょー?」

「断言してやる。颯希さつきは俺に似てるからヘタレだ」

「うっせえ」


 そんな自慢気にグッドサイン出せるようなかっこいい話じゃねえぞ!


「だからお兄ちゃんが自分で書くとなると、中身を誤魔化さないか心配なんだったんだよねー」

「いや、万に一つそうだとしても、流石に学校からの提出物を偽るようなことはしないと思う」

「いやいや、あてにならないし。だって嗜好しこう調査だよ?性癖調査みたいなものだよ?自分の性癖をさらけ出すのって恥ずかしいと思うし、それなら少しでも羞恥心を軽減させてあげようと考えたお母さんとの心遣いだよ」


 そもそも性癖って他人に教えるようなものじゃないだろ!

 感情を顔で表現するのが苦手で普段から表情変化の乏しい妹に、珍しく笑顔が見えている。ここまで堪えていたのだから、よっぽど面白かったのだと思う。

 極めて心外だ。


「それならせめて鉛筆とか消せるもので印をつけてくれれば良かったんじゃ……」

「おい颯希、いい加減見苦しいぞ。せっかくときちゃんとあやめが書いてくれたんだ。問題ないなら問題ない、間違ってるならどこがどう間違ってるのかきっちり説明したらどうなんだ」


 なんで説明しないといけないんだよ!


「一つ質問なんだけど、どこで俺の嗜好回路を知ったんだよ⁉」

「いや~、だってお兄ちゃんだよ?一つ屋根の下で生活してるんだよ?」

「なんかその言い方は語弊があるから止めろよな」

 彼女でもあるまいし。

「だから見ようとしなくても、見たくない色んな所まで見えちゃう訳じゃん?そこでの経験則から答えたまでの話だよ~」

「私は主に普段の生活面から、あーちゃんはさっちゃんの所持品を参考に考えてくれたのよ」

 両手を上げて背伸びをし、後ろのポニーテールをゆらゆら揺らす妹を見ながら俺は問いかける。

「母さんもあやめも俺の私生活を見て、好きな色とか匂いとかを知ることは可能だとして、所持品で参考にできるものなんてどこから調べたんだよ」

 見られたくないものは鍵のかかる引き出しに入れて保管してるから、気付かれる訳がないし。

「そりゃ主にお兄ちゃんの机の引き出しの中にある、数種類のアニメグッズからだよね」

「は?そんな訳ないだろ。引き出しの鍵の隠し場所をあやめに教えたことなんてないと思うぞ」

「もちろん直接教えてもらったことはないけど、机に鍵が出しっぱなしになってたことがあってさー。たまーにコソコソしてるから何が入ってるのか興味が湧いて、引き出しの中身を見たことがあるんだよ。お兄ちゃんのセキリュティがガバガバだったお陰で、いいものいっぱい見れたなあ~」

「俺のプライバシーを返せ!」

「そう思うのなら今度から机の上をきちんと片付けましょうね」

 母親になだめられてしまった……。

「さらにさらに、お兄ちゃんが鍵を無くした時用の、合鍵まで作っちゃいました~♪」

 今みたいに人を煽るときは無類の喜びを見せて、楽しそうな声を出すのは何とかならないものか。

 彼女はスカートのポケットから手のひらサイズの鍵を取り出し、ひらひらと揺らして俺に見せつけてきた。

「用意周到すぎるだろ」

「肌身離さず持ち歩いてるからねー」

「私もその秘密の花園覗いてみたいから今度貸してくれない?」

「俺も自分の息子がどんなことに興味を持つのか知りたいな」

 母親と父親が乗ってくる。

「じゃあまた二人の仕事が休みで、お兄ちゃんが家にいないときでもあれば存分に見せてあげるよー」

「勝手に結託して話を進めるな!」

 そんなこと言われたら今後外出出来なくなるだろうが!

 今のところ特に外出する予定なんてないけども。

「まあとにかく見られたものはどうしようもないから諦めるとして、これからは覗くんじゃねえぞ。二次被害が出る前にその鍵は俺が貰うからな!」

「流石お兄ちゃん、許してくれるなんてやっさし~。でも、私もっとお兄ちゃんの秘密を見たいからこれはあげなーい」

 返すつもりはさらさらないと、あやめはすぐさま俺が手を出しにくいズボンのポケットへ鍵を舞い直して満足そうな笑みを浮かべた。

 とんだ悪魔だ。

「いや~、次開ける時はどんな茶髪ポニテの巨乳少女が出てくるかな~」

「やっぱ返せ‼」

 ─────その後。

 もうしばらく妹と言い争った俺は、提出書類をしっかりと提出用の封筒に入れ直してポストに投函した。

 

 当然のことながら書類の回答を変えることはなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る