第2話 裏話

 三月二九日、金曜日。

 

 午前八時四七分。

 

 鳴染なれそめ高等学校校長室。


 学生は春休みを満喫している頃だというのに、教師はと言えば仕事仕事と嫌になる。

 

 そんな折に出勤早々同僚から校長先生が呼んでいたと言われたので、校長室に飛んできて見れば、『お花を摘みに行ってくる』と書き置きを残され待ちぼうけを食らう始末だ。

 

 校長の禿げ散らかした頭に電飾を貼っ付けてテカらせてやろうか。


 もしそんなことが実際に出来たならどんな姿だろうかと思いを馳せ吹き出しそうになっていると、パタンと扉が開き、駆け足で校長が戻ってきた。

 

 静かに扉を閉めて私の横を素早く通り、校長席に座り直す。

 

「すまんすまん、待たせて悪かった」

「いえ、今来たところですから」


 頭をもっと照らしてあげましょうか?などと言えるはずもなく、私は校長に呼ばれた理由を聞いてみる。


「何か御用ですか?」

 

 発音次第では棘があるように聞こえる言い方になってしまったが、十五分も待たされてイライラしているので大目に見て欲しい。


「折り入って相談があってな。最近この学校に入学してくる生徒数が減少していて困っているのだが、何か良い案は無いだろうか?」

「良い案ですか……」


 そんなことは一教員に頼る事では無く、校長であるあなたこそが考えるべき事柄だと思う。


「市街にあり利便性も悪くはないが、他の高校に比べて少々難度が高いために、受験者が一定数を超えないのだよ。そこで、なんとか勉強をしてでもこの学校に入学したいと思わせるようなプランを考えては貰えないだろうか?」


 校長の考えが理解出来ないことは無いが……。


「何故私なんですか?私以外にもこの学校に勤めている方は大勢いらっしゃいますし、経験を多く積まれた方の方が、良い意見を出せるのではないかと思うのですが」

 

 年配の先生方を立てつつ、自分以外の配役を考えて貰うこれ以上無い回答だろう。実際の所は溜まっている仕事が山のようにあるので、面倒事に構っている余裕がないだけなのだがそんなことはおくびにも出さない。


蜜食みつじき先生にお願いしたい理由は、我々よりも若者の流行に敏感だろうという想像と、その若さ故に我々が思いつきもしないような突飛な案を考え付くのではないかと期待したからだ」

「私より若い先生も数名いらっしゃいますけど?」

 

 とびきりにこやかで、とびきり穏やかな声で私は発言する。

 

 喧嘩を売っているのだろうか?


「いやいや、ただ単に若いことを理由にして頼んでいるわけでは無いぞ。先生の実行力と責任感を見込んでお願いしている」

 

 そんな言い方をされると弱い。


「分かりました、お引き受けしましょう。費用、規模、その他諸々も含めてどんなものでもいいんでしょうか?」

「案の吟味はするが考えるのは自由だ。好きなようにしてくれ」

 

 実行可能な範囲内なら考える余地はあると言われたも同義の返答に、闘志の火が燃え上がる。

 

 やってやろうじゃない。こんな凝り固まった考えしか出来ない老人じゃ思いも付かない、とびきりぶっ飛んだ案を作ってあげるわよ。

 

 活力が湧いてくると自然にインスピレーションも浮かび上がる。

 

 そうだ、こんなのはどうだろうか。


 新部、宿泊部設立。


 ふふっ、悪くないわ。

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