第38話 目の見えない燕

 と言うわけで、リロイの兄妹とトルナドーレ兄弟はその晩、ちょっとしたお祝い気分だった。メアリーが辺境行へんきょういきを逃れたのだ。


 リリィは私室で侍女のレイチェルと一緒に昼食を待っていた。レイチェルは暇を持て余している。家庭教師が歴史の授業を終えて去り、入れ替わりでレイチェルがやって来たのだ。


「メアリーがどこにいるか知ってる?」

 リリィが勉強道具をしまいながら聞いた。


「お妃様のところにいるはずです、皇女さま」

 レイチェルが答える。


 メアリーはヘレナの私室で時間を過ごしていた。父親を見送った後、皇妃に会いに行ったのだ。ヘレナがメアリーを特別気にかけていることは周知の話だった。リリィも普段なら、実の娘への無関心な態度とくらべて悲しんでいただろう。だが、ヘレナの贔屓ひいきのおかげで親友が事なきを得たので、今は何も気にならなかった。


「ターナー先生って退屈な人。一番好きな歴史の授業だって、あの人の手にかかれば睡魔すいまとの闘いになっちゃうんですもの」

 リリィがそう言って深いため息をつく。


「さっきの女性の方ですね。気の毒に。皇女さまの身分ってきっと大変なんですね」

 レイチェルが相槌を打った。


「ええ、そうよ。アビゲイルやアレックスが代わりに教えてくれたらいいのに。二人なら優しいし、退屈しないわ。貴方あなたは勉強を誰に教わってるの?歴史は得意?」

 皇女は不意に、この聞き手の少女に興味を覚えて言った。


 レイチェルはリリィと同い年で、皇女の侍女になってから四か月しか経ってない。最近やっと他の少女たちに馴染んできた様子だ。リリィはレイチェルと二人だけで話したことがなかった。


「宮廷に来る前は母に教わっていました。ここでは、他の女の子たちと一緒、未亡人の先生に教わっています。歴史は好きですわ。先生は私の成績に満足してらっしゃらないみたいだけれど。勉強は苦手なんです」

 どうやらレイチェルは自分に興味を持ってくれて、静かに話を聞いてくれる相手を欲していたみたいである。親元を離れて孤独だったのだろう。どこか悲しげな笑みを浮かべてこちらを見た。


 リリィが口を開きかけたその時、窓に何か当たる音がした。二人が窓辺に寄ってみる。もう一度音がした。


「つばめでしょうか」

 レイチェルがためらいながら言った。二回も窓にぶつかるドジな鳥がいるとは思えなかったが。


 リリィが意を決して窓を開けた。風が入ってきて、庭園のばらの香りがする。窓から身を乗り出して外の様子を見た。最近は晴れ続きだ。空が青い。


「なんだ、ジョンね!窓が壊れちゃうじゃない」

 リリィが中庭で手を振っているジョンに向かって叫んだ。


「リリィ!アレックスたちと一緒に〈崖の家〉でぱあっと弾けようぜ。メアリーも呼んで。お祝いだよ」

 ジョンが叫び返す。


「メアリーいないの。お母様のところよ!」


「じゃあ、後で呼ぶよ。隣の子も連れておいで」

 ジョンはちらりと顔をのぞかせたレイチェルを見逃さなかった。


「わかったわ!私たちをあっと言わせてよね!楽しみにしてるから」


 リリィは窓を閉めると思わず笑みを浮かべた。


「皇女さま、私いけませんわ。場違いですもの」

 レイチェルが半ば怯えたような顔をして言った。


「あら、そんなことないわ。ジョンに誘われたんだし。それにね、誰がハンサム皇子に会える機会を逃したりするもんですか」

 

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