第16話 戦争のない人生
皇女は衣装部屋に残って、メアリーの夜会の準備を手伝うことにした。もっとお喋りがしたかったのだ。
メアリーは慣れた手つきでどんどん準備を進めてゆく。ガウンを脱ぎ、鏡台の前に座る。白い豊かな胸が下着の中からのぞいた。メアリーは
「今夜はマットに会う?」リリィがたずねた。
「彼、夜会に招待されてる?」メアリーが質問で返す。
「いえ」
「じゃあ会わないわ」
メアリーをジュリア・テディアの夜会に送り出すと、自室に戻った。寝室は静かで寂しい。寝台の上にいばらの植物模様のガウンが置かれている。アビゲイルが命名日に着ていくドレスの見本に、と送ってくれたのだろうか。
私には夢があった。自由と冒険の
夢を信じきれないとき、とてつもなく苦しい。ひとりぼっち。孤独で、人生も
アビゲイルが部屋に入ってきた。今日は美しい赤毛を
「一人なのね。他の子たちとは喋らないの?」
アビゲイルがリリィの乱れた髪をなおしてやって言った。
「今日は傷病兵のお見舞いに行くの。お父さまとの約束で」
帝国のために戦った傷病兵の見舞いは皇帝と皇女の義務である。愉快なものではなかった。国の多大なる
「舞踏会のガウン、悩んでるわ。メアリーと相談して決めるの。お母様のお
不意にアビゲイルが普段と何か違うような気がした。落ち着かなげで、目が異様な光を放っている。はたから見たら、
アビゲイルはリリィの困惑した表情に気付くやいなや、何も言わずに部屋から出ていってしまった。ふらついた足で慌てて。
背筋に
戦争はずっとリリィの近くにあった。たとえイリヤ城から出ることが許されず、戦士として武器をとることがなくてもだ。男の子たちは戦争や武器の話ばっかり。父のリチャードは貴族や軍人たちと常に鼻をつきあわせている。男たちは戦争の
戦争は男の聖地だった。だが、女たちの生活もまた、戦争を中心にして回っている。
リリィは礼拝堂の中に入った。冷たい石の長椅子が何列も並んでいる。たいそう大きな銀製の
皇女は急に
背後から重々しい足音が聴こえた。リリィか面を上げ、振り向く。父だった。王冠をかぶり、青の絹地のマントをまとっていた。
「お父さま」リリィは立ち上がって、父の差し出した腕を取った。
「何を祈っていた?」
リチャードが聞く。
リリィは父が自分を誇らしげに見ているのがわかった。
「人魚を一目でいいから見たいって思ってるんです。それに私たちの
リリィの視線は遠いどこかを
「私たちの繁栄か……。じきお前も結婚してここを出る
皇帝とその娘は夕闇の中に出て行った。
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