第14話 夏の終わり、秋のお別れ

 夏の終わり、リリィは馬車に乗って去ってゆくメアリーを見送る。メアリーは道中での汚れを見越してか毎年、灰色の地味なドレスを着ている。アビゲイルもお見送りに来ていた。滔々とうとうと注意を言い聞かせることもなく、「自由を謳歌おうかしてきなさい。お父様の話し相手になってあげるのですよ」などと言う。


 アビゲイルの助言は無意味だった。リーは娘との時間も会話もまったく望んでいない。メアリーが到着したのを確認できただけで、挨拶もせず、〈りんご園〉に閉じこもってしまうような父親だ。


 メアリーとの別れはいつもつらかった。不思議とメアリーも心細そうな様子をして、きつい抱擁をくれる。


 メアリーの家はエル城ではなく、イリヤ城なのだ。父の城での生活は快適ではなかったし、話し相手もいなかった。メアリーは誰か自分のことを誉めそやしたり、自分の行動に感銘を受ける人がいてこそ満足するような性格である。エル城での生活は苦痛でしかないのだろう。


 父は自分のことも母のアビゲイルのことも愛せない冷たい人間なのだ、と枕を濡らすこともあった。エル城に居場所はないのだ。ひたすらリリィやヘレナが恋しい。煙でくすんだ大広間での食事が懐かしかった。


 暇つぶしに塔の上に上がって、窓から景色を覗いてみても、見えるのは鋭利な山々と霧、エル城の巨大な石門だけ。門は並の城壁ほど高く、堅固で、開閉には何人もの男たちの手が必要だった。メアリーはこの石門が開く音で早朝、午睡の時間に目が覚める。リーが狩りに行き、狩りから帰ってくる音である。


 いたずらに皇女への手紙をしたためることもあった。召使いの少女を呼んで話し相手にさせようともする。ところが、この少女でさえ、仕事に忙殺されていたのでメアリーの遊び相手になってやれないのだった。

 あとは我と我が身を嘆くか、鏡の前に立ってどのドレスが一番自分をひき立てるかを吟味するしか、やることはないのだった。

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