第13話 王の森

 皇帝の領内には〈王の森〉と呼ばれる主に狩猟用の森があった。所有するのは皇帝なのに、「王の森」とは変な名前である。


 リチャードはこの森の管理をリー・トマスに任せていた。節度を守りさえすれば狩猟だってしていい。リチャードはリーの狩猟好きをよく知っていたのだ。


 アレックス皇子は、用事のない日などに森に出掛けては、リーと鹿を追い回したり、「男同士の会話」を小屋の中で楽しんだりした。狩猟小屋は聖域で、決してメアリーやアビゲイルが入ることはなかった。


 秋頃、メアリーは父の城に使い古した長持ちと共に帰る。メアリーの祖母の祖母の代から使われてきたものだ。長いひとりっきりの旅路、狭い馬車の中、その長持ちにもたれかかって眠る。うっかり窓を開けて寝ようものなら、赤い砂ぼこりが横顔に積もって大惨事になる。次の日には、半顔が乾燥してひび割れだらけになるのだ。


 秋の帰省はヘレナが決めたことだった。ヘレナはリーとメアリーの親子を気に入っていた。親子仲を深めようという魂胆があってこんな提案をしたのである。当のリーはヘレナが苦手だった。だが、拒絶の仕方がごくささやかなので、ヘレナもリーに嫌われていることに気付かない。妻や娘、果ては皇女にまで、不躾ぶしつけな態度を取るリーが、なぜヘレナには最低限の礼儀を守ったのか、一見不思議なものである。だが、リーもヘレナに嫌われればイリヤでの地位が危なくなるのがわかっていたのだ。彼も馬鹿ではない。皇妃に嫌われたらイリヤの貴族社会では名前がなくなるも同然、反対に出世しようとするならば、皇帝に好かれるよりも皇妃のお気に入りになった方が早いのだ。

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