第12話 犬にまつわる惨めな思い出

 リーは狩猟用のハウンド犬と城の中庭に生えるりんごの木々をこよなく愛していた。人よりも物言わぬ犬が、芳しい香りを放つりんごが好きなのだ。

 

 エル城にはハウンド犬が全部で十三匹いる。そのどれもが主人に忠実だった。


 ところがメアリーはこの図体のでかい犬たちが大っ嫌いだった。犬たちは人懐っこくて、メアリーが逃げ惑って悲鳴をあげても構わずじゃれついてくる。ハウンド犬にであったら最後、ガウンやマントは毛だらけ、レースはズタズタ、顔は犬のよだれで化粧も崩れっぱなしになって、ひどい有り様だ。


 あれはメアリーが五歳の命名日を迎えた日だった。メアリーはエル城の自室で乳母とお人形遊びをしていた。お人形はイリヤ城でリリィと過ごしているアビゲイルからの命名日の贈り物で、メアリーは至極ご機嫌だった。丸っこい頬に赤胴色の巻き毛のそのお人形はとても可愛らしかった。


 朝届いた贈り物を、子どもの熱心さで夕方近くまで肌身離さず持っている。腕に抱いて、お歌を歌ってやったり、美しい髪の毛を櫛でといたりした。


 乳母がお嬢さまのお相手に疲れて、船を漕ぎ始めた頃。メアリーも眠気を覚えて、お人形の寝かしつけにかかった。


 ところが一瞬の出来事。部屋の扉がギーっという音を立てたかと思うと、勢いよく開いて、大きなハウンド犬が飛び込んできたのだ。乳母は寝ていてメアリーには成す術がなかった。


 あわれ赤毛のお人形はハウンド犬に誘拐された挙句、斬首されてしまったのだ。 


 無残な姿で人形のお友達が返ってくると、メアリーは泣いてしまった。乳母が慌てて起き上がったけれど、後の祭りだ。人形は元には戻らない。


 本当なら犬を城内で野放しにするべきではなかった。だが、犬を城のなかで放し飼いにするのはリーの意向だったのだ。


 メアリーはこの件で犬のことが嫌いになった。


 

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