第8話 天井に泳ぐ人魚
ジョン・トルナドーレの
アレックスとジョンはすでに出陣を経験している。
「お父様の見立てでは、もっと早く勝負がつくはずだったのよ」
リリィが難しそうな顔をする。
「そうだったな。最近では父上の軍も撤退を始めている」
アレックスが相槌を打った。
「ドゥーサ川の通行を諦めるなんて、お父様らしくないわ」
河川の通行は物品・食糧の輸出入に欠かせない。イリヤ城の脇を流れ、海まで続くドゥーサ川はイリヤが手放していいものではなかったのだ。
「諦めることはないさ。今まで通り、エイダもイリヤも河を独占することはないよ。
ジョンは彼らしく楽観的だった。一度はこの戦いに参加したのだ。だが、祖父の頼みと皇帝からの命令あってイリヤ城に帰ってきている。代わりに弟のマティアスが戦争行きになったが、ちょうど三日前、マティアスまでもがイリヤ城の〈兵舎〉に送り返されてしまった。リチャードもどうやら本格的にエイダとの戦争を終わらせるつもりらしい。
「イリヤがエイダに負けるなんて、ちょっと考えられないわ。あなた達のお父様、ドゥーサ川にはこだわりがないのね」
メアリーもそうは言ってみたものの、戦争には
リリィは欠伸をもらすと、気難しそうな表情をしたメアリーの手を取った。メアリーが表情を和らげ、親友の肩にもたれかかる。
「そろそろ寝る時間だ。お嬢さん方、今のうちに寝室に行った方がいい。こんなところで寝てたら風邪をひく」
アレックスがリリィの眠たげな顔を見ていった。本来ならリリィも寝ている時間である。眠たくなるのも当然だった。リリィも滅多にない機会に、意地で徹夜するつもりだったのだ。結局、リリィとメアリーは居間から退場して、各自の寝室に戻った。
メアリーが隣の部屋から話しかけてくるのが聴こえる。だが、リリィも
翌朝。目を開くとまず人魚が目に入った。嘘や冗談なんかではない。天井に人魚の絵が描かれていたのだ。真珠の冠をかぶった王女と若者。二人の周りにも人魚たち。長い槍を手にしている。どうやら婚礼の様子らしい。周りの者たちが若い二人を祝福していた。色鮮やかな絵画だった。
陽の光が窓の隙間から差し込んでくる。リリィは瞼をこすりこすり、上半身を起こした。ベッドから出て窓を開ける。お昼前の陽光は少しまぶしい。寄せては返す波の音が聴こえた。気持ちのいい朝だ。
軽い足音が聴こえてきて、部屋の扉が開いた。メアリーが着替えもお化粧も済ませた、きっちりとした姿で立っている。
「おはよう。
リリィがにこやかに言う。
「そう、それならよかった。ずいぶんお寝坊ですもの。朝食を知らせにきたの。早く降りてきてくださいな。アレックスとジョンはもう起きてるわ」
メアリーは早口で言いたいことだけ言うと、また階下へと去っていった。
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