第6話 炉端でお話を……

 アレックスがメアリーを心配し、軽はずみな行動に怒るのも仕方がなかった。将来はよき統治者に、偉大な軍将に、と期待されているアレックスは軍人や騎士見習いと多くの時間を過ごしており、彼らがどんな気性の持ち主なのか知っていた。

「どんな連中かですって。話してただけなのよ。あの子達に恋してるわけじゃない。それなのに私がアバズレにでもなったみたいな言い方ね」

 メアリーが負けじと言い返す。

「アバズレなんてそんな言葉使うなよ。君はそんな言葉を使うような娘じゃないだろう?妹と一緒に教育を受けてきた仲だ。それなのに……!一体どこでそんなの覚えてきたんだ?」

 アレックスは今度はさとすような口調になった。汚い言葉を使うメアリーが子どもっぽく見えたのだ。この調子で対してくるのなら、アレックスやジョンの知っている、いつも通りのメアリーだ。

 メアリー十八歳、アレックス二十五歳である。二人でいる時はアレックスが物分かりのいい兄の役を演じてきた。一方メアリーはありのままでいるだけで、何かを演じてきたわけではない。アレックスを信頼していたのだ。もし、メアリーがメアリー以外の何者かを演じ始めたのなら、それは二人の力関係が壊れる時だ。若い先導役の男と、茶目っ気たっぷりの、若く、美しい娘。

「リリィのいないような場所でよ。皇帝の娘と一介の貴族の娘が同じ教育を受けてきたと思う?ったら、口を開けばリリィの話ばっかり。まるで世界中の女の子全員がリリィになっちゃえばいいって思ってるみたい。だけどね、私は到底皇女なんかにはなれないわ」

「君に妹になってほしいなんて思ってないし、リリィと比べるつもりもなかった」

 アレックスが言う。


 ジョンが咳払いした。メアリーがわざとらしい空咳にジョンを睨みつける。ジョンはへっちゃらでメアリーのトバッチリにウィンクで答えた。これは効果があった。アレックスもメアリーも怒りを忘れ、張り詰めていた部屋の空気がゆるんだのだ。


 リリィはやっと喧嘩がおさまったのを見ると、安堵してジョンに笑いかけた。ジョンも鷹揚な笑みを返す。今度はリリィがクスクス笑い出した。ジョンの目を見ていると、可笑しくなってしまうのだ。何も顔が不細工だからではない。ジョンがいつも可笑しなことばかり言って笑わせてくるせいで、何にもしていなくても笑ってしまうのだ。

「何よ。二人して笑って」

 メアリーがすぐに刺々しい声でいった。が、顔を見るともう怒っている様子はなかった。アレックスもホッとしたようだ。彼とて十八の小娘に言い負かされていて愉快な気分なはずがないのだ。

「ジョンのせいよ。ふざけてばっかり」

 リリィが歌うような口調で言った。

「そうだよ。リリィ殿は俺の顔を見るのが好きなようでね。あんまり見つめられると恋に落ちてしまいそうだな」

 ジョンがふざけて言う。アレックスは顔をしかめた。冗談でも妹に手を出すとかそんなこと言うな、ということなのだろう。眉間に皺が寄っている。

「嫌な人。あっち行ってちょうだい」

 リリィがまたもやクスクス笑い始めた。


 メアリーもリリィも「お兄さま方」と一緒に〈崖の家〉に泊まっていくことにした。せっかくの楽しい夜だ。メアリーがこんな機会をみすみす逃すはずがなかった。若い娘たちにとっては滅多にない機会である。

 イリヤ城には〈崖の家〉の使用人が「お嬢様方二人は今夜帰らない」と伝えに行った。そうしないとアビゲイルが娘たちの不在に気づいて、たちまち城中で大騒ぎになるだろう。アレックスとメアリーと一緒にいると言えば、まず城に引き戻される恐れもない。〈風と波の宿〉は正式にアレックスの財産である。それに、アレックスはリチャードや城の使用人たちからの人望があった。間違ってもアレックスがリリィに駆け落ちや婚前の妊娠を許すことはないだろう。


 二人の令嬢はそれぞれ二階の寝室に駆け上がっていって、部屋の中をチェックしてみた。大きく、簡素なつくりのベッドが一台。白い、清潔なシーツと羽布団がセットされている。燭台にあかりを灯す。リリィの部屋もメアリーの部屋も広さは同じだ。海に面した窓があるのも一緒。夜遅いので、その両開きの窓もぴっちりと閉じられている。メアリーの部屋には色鮮やかなタピスリーが掛かっているが、リリィのにはない。タピスリーには馬上の女騎士が織り込まれていた。リリィは自分の寝室にはタピスリーがないのを残念に思った。それだけ見事な出来だったのだ。森の中を、女騎士が鹿毛の馬に乗って進んでいる。手には長い槍を持って、何やら果敢な顔をしていた。メアリーとリリィは寝台に座って、しばらくタピスリーを眺めていた。


 夜になると肌寒い。四人は一通り館の中を周ってから、居間に戻ってきた。取り敢えず、館の中にはどこにも幽霊はいないようだ。

 リリィは暖炉の近くの、獣皮の絨毯の上に座って、何度も欠伸を噛み殺している。メアリーは赤と黒のネグリジェ姿でやってきて、リリィの隣に座った。

「なんだか冷えてきたわ」メアリーが愉しげな声で言った。「お兄さま方、来てくださいまし。炉端でお話しましょう」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る