第4話 皇女と侍女
メアリーはしつこかったけれど、リリィはてこでも動かなかった。今となってはもう海に入りたくもない。
夕空はどんどん暗くなり、あっという間に日が暮れた。まばらではあるが、海辺には兵士たちがまだ残っている。リリィは相方の不機嫌そうな顔を見て、
「いいわ。誰かさんが意地でも外に出ないっていうなら、私一人で行くもの」
メアリーがいきなりそう言うと、立ち上がって出ていこうとした。リリィは慌てて引き止めようとする。気が変わって兵隊たちを館の中に引き入れようとするかもしれない。一度など、寝室に庭師の息子を入れられたことがあった。あの時の恐怖と恥ずかしさときたら、もう思い出したくもないほどだ。
「あなたが父の兵隊たちと口を聞くのなら、私お城に帰るわよ。アビゲイルにも言う。まったく、恥を知りなさいよ」
リリィが怒ってメアリーの腕をつかんだ。
「痛いわよ!」
メアリーは叫ぶと、軽蔑しきったような表情を浮かべて、リリィの手を振りほどいた。
リリィは親友の怒りに燃える瞳を見るなり、一気に疲れが押し寄せてくるのを感じた。この人は皇女が泣こうが
喧嘩する度にメアリーの魅力と美しさを思い知る。そしてメアリーには敵わない、と悲しい思いをするのだ。
リリィだってメアリーに負けず劣らず美しかった。月夜の森に現れたら妖精の女王と
問題は容姿の美醜ではなかったのだろう。色気があったのだ。その上、メアリーの魅力は官能以上のものでもあった。黒い瞳はユーモアと気概を備えており、一度見たら生涯忘れることはない。明るい金髪。豊かな胸に見事なくびれ。姿勢はよく、歩き方も美しい。メアリーだって、あまりに色っぽい自分の体が嫌になることもあった。しかし、魅惑的な体を覆い隠すのはもっと我慢のならないことである。派手好きなメアリーらしく、体の曲線を際立たせるようなドレスを着るのが常だった。
リリィにだってメアリーに嫉妬しないで、劣等感を感じずにいるのは難しい。メアリーには
メアリーは皇女を置いて館の外へ出て行ってしまった。外はもうすっかり夜である。侍女の帰りを待つつもりはなかった。マントをかぶり、館の裏側へ回った。崖の上のお城に帰るのだ。
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