第13話 偏食家の食生活

「そういえば依子に聞きたいことがあるんだけど」


「何?」


「依子は普段何を食べてるの?」


「私が普段食べてる物はコンビニ弁当とカップ麺だよ」


「それだけだと栄養が偏るだろう。自炊はしないの?」


「自炊はしたことないよ。基本コンビニでお弁当を買うか、買いに行くのが面倒な時はカップ麺で済ませてる」


「そうか」


「最近は全く外に出ないから、買い置きのカップ麺しか食べてないよ。だからこんなに美味しいつけ麺を食べたのは久しぶりだった」



 なるほどな、これで色々と合点がいった。

 こうして対面に座るまでわからなかったけど、依子の顔を見れば体の調子がよくない事がわかる。



「(髪質はサラサラなのに、肌が荒れていたのはそういうことだったのか)」



 普段からインスタント食品しか食べてないから、肌も荒れているに違いない。

 こんな偏った食生活をしていたら当然のことだ。むしろこんな食生活をしていて今まで倒れなかったのが不思議である。



「(それに見た目は可愛いけど、体はガリガリだ。ろくに栄養が取れていないに違いない)」



 俺と同じぐらい身長が高いのに依子の体はものすごく痩せ細っている。

 この体でよく生きてられるなと思うぐらい依子の体は細い。正直見ているこっちが心配になるほど、彼女はやせ細っている。



「まずは普段の食生活から見直すように指導しないと駄目か」


「食生活の指導?」


「そうだよ。依子って好き嫌いはある?」


「ある! 私は野菜が食べられないの」


「野菜を食べられないと言う割には、つけ麺についてきたねぎはしっかり食べるんだな」


「こっ、これは小さくて少ないから野菜に入らないの!!」


「怪しい」


「怪しくなんてない!! とにかく私は絶対に野菜を食べないからね!!」



 あの様子から鑑みるに、もしかしたら依子は食わず嫌いなのかもしれない。

 本当に野菜が嫌いな人ならつけ麺についてきたねぎすら食べられないはずだ。

 それをあれだけ美味しそうにパクパク食べるという事は、今まで美味しい野菜料理を食べたことがないに違いない。依子がつけ麺を食べてる様子を見て、何となくそう思った。

 

 

「(これは食事指導のしがいがありそうだな)」



 こんなにワクワクするのはいつぶりだろう。

 もしかしたら昔後輩の女の子の好き嫌いを矯正した以来かもしれない。



「そんなことよりもあんたは私のマネージャーなんでしょ?」


「もちろん俺は依子のマネージャーだ。君のお母さんじゃない」


「だったら何で私は啓太に食事の指導までされないといけないのよ!! マネージャーなら、私のスケジュール管理が主な仕事でしょ!! 食事の指導をする前に、まずはそっちの仕事を頑張ってよ!!」


「俺だって本当はこんなことなんてしたくないわ!! だけどこんなに見た目がいいのに肌が荒れている、宝の持ち腐れのような人材を放っておくわけにはいかないだろう!!」


「なっ!?」


「依子といいましろといい、クリエーターって奴はどうしてみんなだらしないんだ」



 依子を見ていると以前同人ゲーム制作のバイトをしていた時に知り合った後輩の女の子、彩川ましろを思い出す。

 あいつもイラストを描けば凄いものを出してくるのに、依子と同様に私生活はどうしようもない程ダメダメだった。



「依子も色々と言いたいことがあるのはわかってる。だけど俺は相馬さんみたいに依子がどういう仕事をしているかわからないから、正しい意味で君をサポートすることが出来ない」


「そこははっきりというのね」


「当たり前だろう。俺は依子と会社がどんなことで揉めてるか何も知らされてない。だから俺が出来る範囲で君の手助けをするよ」


「手助けをするって、一体何をするつもりなの?」


「当面は食事作りと家の掃除だな」


「でもそれはマネージャーの仕事じゃないよ」


「確かにマネージャの仕事じゃないけど、依子は相馬さんと話したくないんだろう?」


「うん」


「俺だって相馬さんから、依子と会えるまでこの家に通い続けろって言われてるんだよ。だからその業務命令を蔑ろには出来ない」


「今日私と会ったから、それで啓太の仕事は終わりなんじゃないの?」


「確かに依子の言う通り、今日君と会えたことで俺の仕事は終わった。だけど依子が会社の人達と会いたくないことを伝えたら、相馬さんはどんな反応をすると思う?」


「う~~~ん‥‥‥相馬さんの性格からして、私を外に連れ出すまで毎日このマンションに通うように指示を出すと思う」


「正解。あの人の事だから、今度は依子を外に連れ出すまで会社には帰って来るなって言う可能性が高い」


「そうなったら啓太はまた私の家に通わないといけなくなるね」


「そうなんだよ。結局この問題は依子が会社の人と話し合いの機会を持たないと解決しないんだ」



 結局その問題が解消されるまで、俺は依子の家に通い続けなければならない。

 なので依子が心変わりする事を俺は待つしかなかった。



「それに会社側は俺が依子を外に連れ出すのが不可能だと判断した場合、俺以外の人がこのマンションを訪ねる可能性がある」


「えっ!? 啓太以外の人がこのマンションに来るの!? それは絶対に嫌!!」


「だろう? だから依子が会社の人達と話せるようになるまでの時間稼ぎとして、俺が依子の身の回りの世話をする。それでいいな?」


「うん。わかった」


「よし! 交渉成立だ」



 これで俺の役割も決まった。

 あとは今日の事を相馬さんに報告して、依子と相馬さんの仲を取り持つように努力をしよう。



「そしたら今日はもう帰るか」


「えっ!? 夜ご飯はどうすればいいの!?」


「何か作っていきたいのは山々だけど、今日の事を相馬さんに報告しないとまずいから一旦会社に戻るよ」



 出来れば夕食も作りたいけど材料もないし、これ以上依子の家にいるのは無理だろう。

 腕時計を見ると時刻は夕方の5時。ここから電車を上手く乗り継いだとしても、会社に着くまで30分程度かかる。18時が会社の終業時刻なので、それまでに戻らないと相馬さんが帰ってしまうかもしれない。だから俺は急いで会社に戻らないと行けなかった。



「また明日美味しいご飯を持ってくるから、今日はこのつけ麺で我慢してくれ」


「うん。わかった」



 そんな捨てられた子犬のような視線で俺の事を見るなよ。俺の決心が揺らぐだろう。

 こうして依子と一緒に過ごしているとなんだか妹が出来たような気分になる。



「(この感覚、俺は前にも味わったことがある)」



 それは同人ゲーム制作のバイトをしていた頃、彩川ましろと接していた時の感覚と似ている。

 あの時も依子同様、俺はましろの食事や生活習慣を見直したことがあった。今の状況はその時の状況と似ていると思う。



「それじゃあまた明日な。たまにはコンビニ弁当やカップ麺以外の物も食べろよ」


「わかった。明日も絶対うちに来てね。約束だよ!」


「あぁ、約束だ。どんなに遅くなっても昼前には行くようにするから、大人しく待っててくれ」



 依子に別れの挨拶をして、俺はマンションを後にする。

 そして今日の出来事を相馬さんに報告する為、電車を乗り継ぎ会社へと戻った。



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ここまでご覧いただきありがとうございます

続きは明日の8時に投稿します。


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