第15話 マネージャーのお仕事
翌日の朝9時。電車を乗り継いで俺が向かった場所は依子のマンションである。
今日はいつも会社に着ていくようなスーツ姿ではない。あえて俺がいつも着慣れている動きやすい服を選んだ。
「俺は芸能プロダクションじゃなくて、家事代行サービスの会社に就職したのかな?」
俺がそう思うのも無理はない。両手にはスーパーやデパートで買いこんだ様々な調味料と食材が入ったビニール袋を持ち、背中に背負っているリュックの中には昨日会社帰りに購入した清掃セット一式が入っている。
もはや俺の肩書をマネージャーから家政婦に変えた方がいいだろう。あの会社は今からでも遅くないから、家事代行サービスに業種を変更するべきだ。
「昨日はリビングの掃除をしたけど、今日は全ての部屋を綺麗にしよう」
他の部屋がどのような惨状かわからないが、きっとリビングのような状態に違いない。
そのため今日は何が起きても対応できるように、万全の準備をしてここに来た。
「これだけ掃除用具を持ってくれば、何か不足の事態が起きても大丈夫だろう」
昨日のようにゴミ袋を買うため、慌ててコンビニに行くような事はないはずだ。
それぐらい今日の俺は万全な準備をしてきたと自信を持って言える。
「よし! 心の準備も出来たし、早速依子の家に行こう」
操作盤に依子の部屋番号を入力すると通話はすぐに繋がる。
昨日まではたっぷり時間を取ってから電話を取ったのに、今日はやけに受話器を取るスピードが早い。
「(もしかすると依子は、俺が家に来るのをずっと待ちわびていたのかもしれない)」
って、それはさすがに自意識過剰か。あの依子に限ってそんな殊勝な考えを持つことはないだろう。
大方受話器の前をたまたま通りかかり、そこで呼び出し音がなったに違いない。
今日は運がよかった。そう思っておこう。
『もしもし』
「もしもし依子、俺だ!!」
『すいません。オレオレ詐欺の電話はお断りさせていただいてます』
「オレオレ詐欺じゃなくて啓太だよ!! 橘啓太!!」
『何だ、啓太だったのね。私はてっきり新手のオレオレ詐欺にあってるのかと思った』
「誰がオレオレ詐欺だよ!! そんな暢気な事を言ってないで、早く扉を開けてくれ。今日は荷物が多くて大変なんだよ」
俺がマンションの操作盤にそう訴えかけるとガラス張りの扉が開いた。
俺はその扉を抜け、急いで依子の部屋へと向かう。
「依子の家って
さっきのやり取りをもう1度するのかと思うと自然とため息が出てしまう。
仕事とはいえこんな事をするなんて夢にも思わなかった。配信者のマネージャーって俺が思っていた以上に大変な仕事だったんだな。
「やっと依子の部屋の前についた」
「今日はやけに早かったわね」
「依子!? 何で俺が部屋の前に来たことがわかったんだ!?」
「
「それもそうか」
よくよく考えれば、ここは依子の家である。
このマンションに住んでいるのだから、
「それにしても、今日は凄い荷物ね」
「昨日この家には何もなかっただろう。だから色々と買いこんできたんだよ」
「それならそっちの荷物は私が持つから貸して」
「いいのかよ? その買い物袋の中には大量の食材が入ってるから、めちゃくちゃ重いぞ」
「大丈夫よ。これぐらいどうって事‥‥‥うっ!?」
予想外に重かったのか、依子は一瞬袋を地面に落としそうになる。
だがそこで彼女は踏ん張った。地面スレスレの所でなんとか持ちこたえ、ゆっくりと買い物袋を上に持ち上げた。
「本当に大丈夫? 1人で持てないようなら俺が持つよ」
「だっ、大丈夫よ。これぐらい‥‥‥朝飯前なんだから‥‥‥」
両手で買い物袋を持つ依子の手はプルプルと震えている。
顔を真っ赤にして涙目になりながら強がっている依子の姿が、妙に可愛らしく感じられた。
「ぷっ!?」
「何がおかしいのよ!!」
「何もおかしくないよ。思い出し笑いをしただけだから、気にしないで」
「もう。変な啓太」
買い物袋が思っていたよりも重くて俺に持ってもらいたいけど、強がって自分で運ぼうとする依子を見て笑いそうになってしまった。
依子は元々見栄っ張りで負けん気が強いのだろう。そうでなければとっくの昔にその袋を俺に返してるはずだ。
「(最初は気難しい子だと思っていたけど、案外可愛い所もあるじゃん)」
相馬さんと話していた時の印象とは違い、少しだけ依子に親近感が湧いた。
今まで出会った人の中で1、2を争う程性格に難のある女の子だと思っていたけど、どうやらそれは俺の勘違いみたいだ。
「啓太もそんなところに立ってないで、早く家に入って!!」
「わかった」
それから俺は依子の家に上がり込み、リビングへと向かう。
廊下に立ち並ぶあのダンボール箱の山をかき分けてリビングに到着した俺は真っ先に冷蔵庫を開き、買ってきた食材を入れていった。
「依子。そっちのビニール袋に食品が入っているから、冷蔵庫に詰めるのを手伝ってくれ」
「わかった。肉と魚はチルド室に入れて、この野菜は野菜室に‥‥‥って野菜!?」
「そうだよ。何か問題がある?」
「あるわよ!! 私は昨日啓太に野菜が食べられないって言ったよね!?」
「言ったよ。依子が野菜嫌いな事は昨日聞いた」
「それなら何で野菜を買ってきたの!? 私食べられないよ!?」
「依子の好き嫌いをなくそうと思ってわざと買ってきたんだよ。悪いか?」
「悪いわよ!! そんなことをしても、私は絶対に野菜を食べないわよ!!」
「依子でも食べれるようにちゃんと献立を考えてきたから。騙されたと思って食べてみてよ」
「でも‥‥‥」
「食べられなかったら残してもらっても構わないから。そういう条件ならいいだろう?」
昨日1日依子と接していてわかったことだけど、この子は以前俺がバイトをしていた時に知り合った後輩の女の子、彩川ましろに似ている。
もし本当に依子がましろと似ているのであれば、俺の作る野菜料理を気にいってもらえるはずだ。
「わかった。昨日美味しいつけ麺を買ってきてくれたから、啓太の事を信じる」
「ありがとう」
「その代わり作ってくれたご飯が美味しくなかったら許さないからね」
「任せてくれ! 必ず依子が満足する料理を作って見せるよ」
「その言葉、嘘じゃないよね?」
「もちろんだよ。依子は大船に乗ったつもりでいてくれ」
「それを言うなら泥船じゃない?」
「泥船なわけないだろう!? わざわざ沈む船に乗って、依子はどうするつもりなんだ!?」
自ら泥船に乗りこむなんて自殺行為も甚だしい。依子は何故その部分をあえて訂正したんだ!?
俺が抱いたこの疑問は依子の表情を見て解決した。彼女はキョトンとした表情で俺の事を見てるので、きっと悪気はないのだろう。ただ単にいい間違えをしたようだ。
『ぐぅーーーー』
「あっ!?」
「そういえば依子、今日は朝ごはんを食べた?」
「食べてない」
「わかった。そしたら簡単に食べれる物を作るから、そこに座って待っててくれ」
「わかった」
「朝ごはんを食べたら部屋の掃除を始めるから。そのつもりで」
「えぇ~~~~~!? また今日も掃除をするの!?」
「当たり前だろう。俺は今日この家の全ての部屋を綺麗にするって決めてるんだよ。もちろん依子にも掃除を手伝ってもらうぞ」
掃除と聞いてあからさまに嫌そうな顔をする依子。
こんなにコロコロ表情が変わるなんて、まるで子供のようだ。
「(なんだかマネージャーっていうよりも、母親になった気分だな)」
もしかすると子供の頃、俺も両親に対してこんな風に迷惑をかけていたに違いない。
今度初任給が出たら俺を育ててくれた両親に何かお礼の品を送ることにしよう。
そう心に決めた。
「俺も部屋の掃除を手伝うから、一緒に頑張ろう」
「‥‥‥わかった」
「いい返事だ。そしたらもう少しだけそこで待っててくれ。料理が出来たらそっちに持って行く」
テンションが下がった依子がテーブルに戻った事を確認した俺はキッチンで料理を作り、依子に朝食を振る舞う。
出来立ての朝食を依子と2人で食べた後は食器を片付けて、部屋の掃除を始めた。
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ここまでご覧いただきありがとうございます
続きは明日の7時に投稿します。
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