第8話 秘密の差し入れ

 無事に商品をテイクアウトした俺は電車に乗り、配信者が住んでいるマンションを目指す。

 マンションについた俺は早速玄関口にある操作版に彼女が住んでる部屋番号を入力した。



「ここまで準備をしてきたんだから、今日こそは彼女に会えるはずだ」



 これであの子と会えなかったら、アプローチの仕方を変えるしかない。

 それこそ彼女の両親に連絡を取り、彼女がマンションから出てくるように説得をしてもらった後、今後の活動について全員で話し合いをする必要がある。



「その時はまた相馬さんと相談して、今後の方針を決めよう」



 それはこの作戦が失敗したら考えることであり、今はこのマンションの一室に引きこもっている配信者と会う事だけを考えよう。

 無機質な電子音が鳴る中、俺は操作盤の前で彼女が通話に出るのを待った。



『もしもし』


「すいません。相馬の代理で来た、橘啓太と言います」


『また来たの? あんたもしつこいわね」



 しつこいと言われようが、これが俺の仕事なんだから仕方がないだろう。

 ただしつこいという彼女の気持ちもわからなくはない。性懲りもなく毎日この家を訪ねていれば、しつこいと言われてもしょうがないと思う。



『あんたには悪いんだけど、私はあの会社の人達と話す気はないわ。申し訳ないけど帰って頂戴』


「貴方が会社の人と話したくないのは俺も重々承知しています。だから今日は食べ物の差し入れだけでもさせてくれませんか?」


『宝文堂のフルーツタルトで釣ろうと思ってるならお断りよ。私がご飯で釣れるようなちょろい女だと思わないで』


「いえ、今日お持ちしたのは宝文堂のフルーツタルトではないです」


『それなら何を持ってきたのよ?』



 よし、食いついたぞ!! 食べ物で釣れないと言っていたけど、しっかり掛かってるじゃないか。

 このまま焦らず冷静に話を進めていこう。落ち着いて話せば、彼女も俺の話を聞いてくれるはずだ。



「依子さんは華乱というラーメン屋を知っていますか?」


『華乱? 何よ、それ?』


「ラーメンよりもつけ麺が美味しい事で有名なお店なんですが、そこの濃厚魚介つけ麺と濃厚とんこつ味噌つけ麺を買ってきました」



 インターホンシステム越しに彼女の喉が鳴る音が聞こえる。

 どうやら俺の予想通り、この子はお腹を空かせているみたいだ。



「(よしよし! どうやら俺の作戦が効いているみたいだ。この調子この調子)」



 先程まで威勢のいいことを言っていたが、やはり食欲には敵わないらしい。

 ただ相手だってそんなに馬鹿じゃない。これぐらいの誘惑で簡単にこっちの誘いにのってこないはずだ。

 だからこの子が怒って通話を切らないように、慎重に攻める必要がある。なので彼女に何か言われても熱くならず、冷静に話を進めて行こう。



「依子さんって、殆ど外出をしないんですよね? なのでちゃんと食事を取っているか心配になって、お店の物をテイクアウトしてきました」


『べっ、別にそんなものいらないわよ。ラーメンなんてカップ麺をよく食べてるし、食べ飽きてるわ』


「(こいつカップ麺しか食べてないのかよ)」



 やはり俺の予想は当たっていた。たぶんこの子はマンションに引きこもっている間、カップ麺しか食べていなかったに違いない。

 お弁当を買うにも日数が経つと腐ってしまうので日持ちはしない。だから今までカップ麺を大量に買いこんで、今日まで凌いできたんだ。



「そうですか、残念ですね。せっかくトッピングに、この店の名物である炙りチャーシューと燻製煮卵を買ってきたのに。それも食べてもらえないんですね」


『炙りチャーシューと燻製煮卵?』


「はい、そうです。ここの炙りチャーシューは、チャーシューの余分な油を取る為にじっくりと炭火で焼いています。だからそんなに油っぽくなくて、女性に人気の商品なんです」



 今俺が話したことは全て事実だ。実際店もそれを売りにしている。

 昔バイトが終わった後仲がよかったメンバーとこの店に行った時、食にうるさい後輩の女の子がここのチャーシューを絶賛していた。



『ゴクリ』


「それにこの店の燻製煮卵は特製の燻製器を使用して作っているので、温泉卵のように中がトロトロしていてものすごく美味しいんですよ」



 この煮卵が俺にとっての最終兵器である。これも先程チャーシューを絶賛していた後輩の女の子が好んで食べていた物だ。

 このお店と出会ってからというもの、その子と会う度に2人でこの店に行く程はまっている。

 今でもその子とたまに会う時は必ずと言っていい程昼食にこの店を選ぶぐらい、中毒性のある知る人ぞ知る一品である。



「(ただそのせいで懐はかなり寒くなったけど。必要経費だと思っておこう)」



 炙りチャーシューが2枚で480円。そして燻製煮卵に至っては1つ520円もした。それを2つずつ買ったので、トッピングだけで合計2000円。これだけで美味しいランチが食べられる。

 しかも今回は特製つけ麺を買ってしまったので、普通のつけ麺よりもお値段がマシマシになっている。そのせいで俺の懐がかなり痛い事になってしまった。



「(もしかすると初任給が出るまでの間、もやしだけで生活することになるかもしれないけど、その分の効果はあったみたいだ)」



 インターフォンシステム越しに話す彼女は、かなり悩んでいるように見えた。

 いつもだったら30秒話すだけで門前払いされてしまうが、なんと今日は10分以上も話している。

 これだけの時間この子と話せるのなら、あの店のつけ麺を買ってきたかいがある。

 この様子ならあと一押しといったところだろう。



「この美味しいつけ麺をぜひ依子さんに食べて欲しいんです!! お願いします!!」



 俺の最後の一言が効いたのか、マンションのオートロックが外れる音が聞こえた。

 どうやら俺の作戦は成功したようだ。これでやっとマンションの中に入れる。



『言っておくけど、そのつけ麺を私に届けてもらうためにドアを開けただけだからね』


「もちろんわかってます」


「何があっても貴方の事を部屋に上げるつもりはないから、そこだけは勘違いしないでね』


「はい、わかりました。それでは向かいますね」



 こうして俺は今まで電子ロックで閉じられていたマンションの中に潜入することが出来た。



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ここまでご覧いただきありがとうございます

続きは明日の7時に投稿します


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