第7話 乙女心を考えよう

 配信者の自宅に初訪問してから早3日。いまだに俺は高層マンションに住む彼女と会えずにいた。

 毎日のように相馬さんが買ってきてくれたフルーツタルトを持って会いに行くものの、部屋の前どころかマンションの中にすら入れてもらうことが出来ないのでどうしようもない。



「相馬さんは根気強く話せば大丈夫と言ってたけど、あんな頑なに拒否されたら絶対に会えないだろう」



 マンションの操作盤越しから毎回彼女に声をかけているものの、俺が一言声をかけるとガチャ切りされてしまう。

 宝文堂のタルトを持ってきた事を伝えても全く聞く耳を持たないので、これでは差し入れを渡す事すら出来ない。

 正直な話を言うと今の俺には彼女の気を引くにはどうすればいいかわからないし、その糸口さえ見えないままだ。



「困ったな。一体どうすればいいんだろう?」



 そもそも宝文堂のフルーツタルトを差し入れた所で大した意味はないと思う。

 こんな物を持って行っても彼女には見向きもされないし、取り合ってもらえない。

 いくら会社の経費で落ちるとはいえ、正直金の無駄としか思えなかった。



「もしかしたらあのタルトは相馬さんが自分で食べたいから、毎回買ってきてるわけじゃないよな?」



 余ったタルトはもったいないので、いつも会社に持ち帰り俺と相馬さんと社長の3人で食べている。

 そういった事情もあり俺には相馬さんが3時のおやつとして、あのタルトを会社の経費で買っているようにしか思えなかった。



「こうなったら相手の気持ちになって考えてみよう。俺があの子だったら、どんなものが食べたいと思う?」



 彼女のマンションに通うようになってわかったことだけど、俺が担当する女性配信者は1歩も外に出ることなくずっと家の中で引きこもっている。

 これは彼女のマンションに毎日通っていて気づいたことだ。マンションに設置されているポストには大量のチラシが乱雑に入れられていたので、最低でも1ヶ月の間全く外に出ていない事がわかった。



「例え保存食を買い込んでいたとしても、食べる物には限りがあるだろう」



 ウーナーイーツと呼ばれる食事のデリバリーを専門とする配達員も見かけないことから、たぶんろくな食事を取ってないだろう。

 そうなると彼女の栄養状態が心配になる。もし俺の予想が正しければ、いつ部屋で倒れてもおかしくはない。



「もし俺が会おうとしている配信者が、食べる事が好きな人だったら‥‥‥」



 こんな洋菓子よりも主食系の、それももっとがっつり食べられるものを持って行った方がいい。

 それこそご飯や麺のようなお腹が空いている時にガツガツと食べる炭水化物系の物が喜ばれると思う。



「でも配信者の女の子が好きな食べ物って何だろう? 全く想像がつかないな」



 以前相馬さんに俺が担当する配信者の好きな物を聞いたことがあるけど、彼女の好物はタルトやケーキ等のスイーツらしい。

 それを配信者の子の家に持っていっても全く見向きもされないのに。懲りずにそればかりを買ってくる。



「あのフルーツタルトは本当にあの子が好きな物なのかな?」



 相馬さんはずっとこの配信者のマネージャーをしていたらしいけど、彼女の好みを正確に把握してないような気がした。

 となると彼女の好物がどんなものなのか自分で考えるしかない。俺は必死になってあの子の好きな食べ物を考えてみた。



「女の子が好きな食べ物、女の子が好きな食べ物‥‥‥ダメだ、いくら考えても全然思いつかない」



 俺は男だから、女性の繊細な気持ちがいまひとつ理解できない。

 昔バイトをしていた時、後輩の女の子にもデリカシーがないと言われたことがある程鈍感なんだ。

 そんな俺が配信者の、しかも気難しい女の子の気持ちなんてわかるはずがない。



「あれ? そういえばこのお店、見たことがあるぞ」



 配信者の家に行く為駅に入ろうとすると、どこかで見たような店が建っていた。 

 駅の改札前に建っているこの店の看板に俺は見覚えがある。

 その店は飲食店の中でも俺が1番好きだった店で、学生時代はバイト終わりに仲間を連れてよく足を運んだ所だ。



「この店って多店舗展開していたんだ。知らなかった」



 オープン日を見ると日付は昨日となっている。

 会社の近くにあるのですぐに気づいてもおかしくないが、昨日できたばかりの店なら俺が知らないのも納得だ。



「まてよ‥‥‥もしかしたら、これでワンチャン釣れないかな?」



 可能性はほぼ0に近いと思うけど、試す価値はあるだろう。

 もしあの子に渡せなかった時は、あとで相馬さんに差し入れとして渡せばいい。

 この前はあのマンションから帰る途中に昼食をご馳走になったし、それぐらいしても罰は当たらないだろう。



「そうと決まれば、早速この店の料理をテイクアウトしよう。善は急げだ!」



 早速俺は店の中に入り、目的の品を注文した。



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ここまでご覧いただきありがとうございます

続きは明日の7時に投稿します。


遅くなりましたが、次話から本格的にヒロインが参戦します。ヒロインがどのように啓太と絡むのか楽しみにしていてください。

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