第6話 修復不可能な亀裂

『トゥルルルル、トゥルルルル』


「出ないですね。留守なんじゃないですか?」


「そんなことないわ。彼女はものぐさな性格をしているから、いつもこんな感じなのよ」



 そういう割にはさっきからずっと相馬さんが焦っているように見える。

 彼女の額からうっすらと脂汗が流れていて、先程からずっと落ち着きがない。



『トゥルルルル、トゥルルルル』


「頼むわよ、依子。お願いだから出て」



 何度かコールした後、プツンという音と共に識別音から音声通話に切り替わる。

 先程の無機物のような音とは打って変わり、可愛らしい女性の声が聞こえてきた。



『もしもし』


「もしもし、依子? 私よ、私!!」


『その声はもしかして‥‥‥相馬さん?』


「そうよ、依子!! 今日は貴方と話し合いに来たの!! だから早くこの扉を開けて頂戴!!」



 相馬さんの名前を聞いた瞬間、電話口から歯ぎしりをする音が聞こえてきた。

 その音を聞けば事情を知らない俺にだってわかる。この子は相馬さんに対して、明らかに敵意を向けている。



『いまさら‥‥‥今更何しに来たのよ!!』


「依子?」


『私が大変な時に何もしてくれなかったくせに‥‥‥ご機嫌取りになんて来ないでよ!!』


「依子!! 違うのよ!! あの時はこれからの方針を社内で決めていたから、貴方の所にいけなかったの!!」


『嘘つかないで!! 貴方達は私の事を見捨てたんでしょ!! 私が大変な時に何度も何度も連絡したのに。誰も電話に出てくれなかった!!』


「それは‥‥‥」


『帰って』


「えっ!?」


『もう帰ってよ!! 貴方達の顔なんて、2度と見たくない!!』



『ブチッ!!』という乱雑な音と共に電話が切れてしまった。

 相馬さんがもう1度マンションの部屋番号を入れて電話をかけたけど、その電話に依子という女の子が出ることはなかった。



「今日はもう駄目ね。帰りましょう」


「本当にいいんですか? あの子の様子、ただ事じゃなかったですよ?」


「大丈夫よ。それよりもここにいたら他のマンション住民の迷惑になるわ」


「わかりました」



 それから俺達はマンションを出て、車が置いてあるコインパーキングへと戻る。

 相馬さんが運転する車に乗り会社へ戻っている途中、彼女が突然深いため息をついた。



「今日は格好悪い所を見せちゃったわね」


「しょうがないですよ。あんな対応をされたら、誰だって手を焼きます」



 問題がある子だとは聞いていたけど、俺達の事をあそこまで拒絶するとは思わなかった。

 あれだけ駄々をこねるということはよっぽど事務所の人と会いたくないのだろう。

 理由はわからないけど、俺達に対して激しい憎悪を抱いているように見えた。



「今日の私とあの子のやり取りを見て、橘君はどう思った?」


「気難しいというよりも、あの子は相馬さんの事を憎んでいるように見えました」


「実はそうなのよ。全く困った子だわ」



 あの様子だと依子という女の子と事務所の間で何かしらの衝突があったのだろう。

 相馬さんは軽い口ぶりで話すけど、彼女の深刻な表情を見る限り、この問題が根深い事がわかる。



「今まで何度か尋ねてるんだけど、あの子は私の話を聞いてくれないの。だからこそ、貴方の手番ってわけ」


「俺の出番‥‥‥ですか?」


「そうよ。もしかするとあの子は、私以外の人だったら心を開いてくれるかもしれないわ。なので明日から、貴方があの子の家に行ってきて」


「俺が1人で行くんですか!?」


「そうよ」


「その仕事、俺には荷が重すぎます!? 担当マネージャーだった相馬さんがあんなに嫌われてるなら、俺が行っても同じ事になりますよ!?」



 あの気難しい女の子の家に1人で行って、まともな話し合いが出来る可能性なんてほぼ0に近い。

 今まであの子の担当していた相馬さんでさえ手を焼いているんだ。俺が行った所で同じような事が起きるに決まってる。



「大丈夫よ、橘君。きっと貴方なら依子を説得できる」


「はぁ?」


「だから頑張ってね、期待の大型新人さん」



 まだ入社初日なのに、いきなり厄介な配信者の担当をさせるなんて。この会社はどうなってるんだ?

 新入社員に初めて任せる仕事としては、さすがに荷が重すぎやしないか? 社会人経験のない新人にいきなりこのレベルの子を担当させるなんて、会社としてどうかしてる。



「これは業務命令だから。頼むわよ、橘君」


「わかりました」



 相馬さんが俺に何を期待しているかわからないけど、業務命令と言われたらやるしかない。

 とにかく今はこのマンションに住んでいる女の子と会えるように努力をしよう。毎日通っていれば、1回ぐらい会う事が出来るはずだ。



「そろそろお昼時ね。せっかくだからどこかで昼食を食べましょうか」


「はい!」


「それじゃあ適当なお店に入るわね。橘君は何か嫌いな物ってある?」


「特にありません」


「そしたら私が帰りによく行く定食屋があるから、そこに寄って行きましょう」


「わかりました」



 それから俺は相馬さんと一緒に昼食を取り会社へと戻る。

 会社に戻ってやることがない俺は先程もらった書類の説明を一通り受けた後、書類にサインをして定時で家に帰った。


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ここまでご覧いただきありがとうございます

続きは本日の19時に投稿します。


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