第5話 厄介払い
「あの子が住んでるマンションまで少し歩くから、私についてきて」
「はい」
車を降りた俺は相馬さんに連れられて、配信者が住むマンションへと向かう
果たして俺が担当する配信者とはどんな人なんだろう。その人の人柄にものすごく興味が湧いた。
「(マネージャーが着くような人だから、きっとこの業界では大物なんだろうな)」
俺だってこれまで様々なバイトを経験してきた。その時たまたまクリエーターの世界に足を踏み入れたことだってある。
あの時の俺は単なる雑用だったけど、何かを必死に作ろうとしている人達がキラキラと輝く瞬間を垣間見た。俺はその人達の事を羨ましく思い、尊敬の念を抱いたことさえある。
「(もしそういう人を支えられるのなら、俺も出来るだけ力になりたい)」
そう思うとこの仕事もなんだかやりがいがあるように感じる。
さっきまであまりやる気がなかったけど、急にやる気が湧いてきた。
「着いたわよ。ここが貴方が担当する子が住んでいるマンションよ」
「ずいぶん大きなマンションですね」
住宅街の中にそびえたつ20階建ての高層マンション。
周りに高層ビルが立ち並んでいる影響であまり大きいようには感じられないけど、アパートに住む俺からすれば高級なマンションに住んでいると思う。
「最寄り駅から徒歩10分。少し歩けばコンビニやスーパーもあるわよ」
「最高の立地ですね」
俺の担当する配信者がこんな億ションに住んでいるなんて驚いた。てっきりもっとこじんまりとしたところに住んでいると思っていたので、この展開は予想外である。
「(一体俺が担当する配信者ってどんな人なんだろう?)」
相馬さんが気難しいと言っていた事から察するに、もしかしたらかなり横柄な人なのかもしれない。
これだけ凄い高級マンションに住んでるのだから、かなりの額を稼いでるはずだ。そのせいで鼻が高くなって、日頃からマネージャーに無理難題を言ってる可能性がある。
「そんな人のマネージャーになるなんて災難だな」
「橘君、何か言った?」
「いえ!? 何でもありません!?」
「それならいいわ。それよりも早く中に入りましょう」
「はい!」
相馬さんの後に続き、俺もマンションの中に入った。
マンションの玄関口はオートロックが搭載されており、操作盤に暗証番号を打ち込まないと中に入れない仕組みとなっている。
「今彼女と連絡を取るから、橘君はこれを持ってて」
「これは何ですか?」
「これ? これは貴方が担当する子の大好物、フルーツタルトよ」
「タルトですか?」
「そうよ。宝文堂って所が作ってるものなんだけど、これを手に入れる為に昨日会社を退社した後、1時間かけてこのお店に並んだの」
「いっ、1時間も並んだんですか!?」
「そうよ。それであの子の機嫌が直るなら安い物だわ」
相馬さんがため息をつく様子を見れば、俺が担当する配信者がどんな子なのか容易に想像できる。
宝文堂は貧乏生活をしていた俺でも知っているような高級スイーツを売っている店だ。
そんな所で売っている高級なタルトをわざわざマネージャーに持参させるなんて、絶対我儘な奴に決まってる。
この先待ち受ける暗い未来を想像して、俺は思わずため息をついてしまった。
「もしかして相馬さんはその子を厄介払いさせる為に、俺を担当にしたわけじゃないですよね?」
「もちろんよ。私は今まで1度もそんな事を思ったことがないわ」
「それならよかったです」
「さっき車の中で言ったと思うけど、貴方の担当を決めたのは社長なのよ」
「あの社長が決めたんですか!?」
「そうよ。それに私はチーフマネージャーという肩書はもらってるけど、担当マネージャーを決める権利なんてないわ。そういう重要な事は全て社長が決めてるの」
「そうなんですか」
「君はあの社長直々に指名されたんだから、他の人よりも期待されているの。だから頑張ってね」
どうやら俺と相馬さんの間で、社長に対する認識が違うようだ。
面接の時にあの人と1時間ぐらい話したけど、口が上手いだけの中身がスッカスカなものすごく胡散臭い印象を受けた。
「(あの社長が直々に俺を指名するなんて、何か裏があるのかもしれない)」
この高級マンションに住んでいる面倒くさい配信者の担当にさせたのもその一環で、新人である俺を使ってその子を事務所から追い出したいんじゃないか?
そんな不穏な事を思いついてしまうぐらい、俺の社長に対する評価は低い。もしかしたら俺は入る会社を間違えたのかもしれない。
「不満そうな表情をしているけど、やっぱりこういう仕事は嫌?」
「そんなことありませんよ!? 俺は相馬さんに不満を抱いたことなんて1度もないです」
社長に対して不満はあるけど、この人に対して不満はない。
それにそんなことを考えるよりも今は担当する女の子と信頼を築く事が先決だ。
相馬さん達の評価は散々だったけど、もしかすると話せばわかる人かもしれない。
そんな一縷の希にかけた。
「そしたらそこでちょっと待ってて。今オートロックを開けてもらうように説得するから」
「説得? 連絡するんじゃないんですか?」
なんだか不穏なワードが出たような気がしたが、相馬さんは俺の言葉を聞いていないようだ。
この様子だと俺が話しかけても返事をしてくれないだろう。
高層マンションのオートロックの前に立ち、真剣な表情で操作盤に部屋番号を入力する相馬さん。
操作盤に配信者が住んでいる部屋の番号を入れると、電話を掛けた時のような識別音が鳴った。
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ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
続きは明日の8時頃投稿しますので、よろしくお願いします
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