第4話 配信者との距離

「(さっきから相馬さんは何も説明してくれないけど、これからどこへ行くんだろう)」



 相馬さんが運転を始めてからかれこれ20分以上が経過している。

 初日からこんな遠くに出かけるなんて思わなかった。一体俺はこれから何をやらされるのだろう。時間が経つにつれそんな不安感が募っていく。



「相馬さん」


「何?」


「一体この車はどこへ向かってるんですか?」


「そういえば説明してなかったわね。私達がこれから行くのは貴方が担当することになる配信者の家よ」


「えっ!? いきなり配信者の家に行くんですか!?」


「そうよ。貴方の担当になるんだから、まずは挨拶に行かないといけないでしょ」


「でも俺はまだ担当する配信者についての引継ぎ事項を何も聞いてませんよ!?」


「大丈夫。その子の前の担当は私なんだけど、引継ぎをすることなんてないから。気にしないで」


「引き継ぐことがないんですか!? マネージャー同士で!?」


「そうよ。何をするかは直接その子から聞いてちょうだい」


「‥‥‥わかりました」



 マネージャー同士で引き継ぎがないなんて、どういうことなんだ?

 普通の芸能事務所ならタレントと会う前に、マネージャー同士でタレントの趣味嗜好等最低限の情報を共有するはずなのに。一体どうなっている?



「(こんないい加減な引継ぎをするなんて思わなかった)」



 段々とこの会社が巷で話題のブラック企業のように思えてきた。

 俺はもしかしたら、とんでもない会社に入ってしまったのかもしれない。



「(たぶん俺の担当する配信者が、今後どういう仕事をするのか話してくれるよな? きっとそうだ! そうに違いない)」



 相馬さんも車内ここで話をするよりも、配信者を交えて話した方が効率がいいと思っているに違いない。

 頼む、お願いだからそうであってくれ。正直俺はこれから何をすればいいか全くわからないよ。

 


「(誰かこの状況を何とかしてくれ!!)」



 そんな俺の願いは誰にも届かなかった。



「そういえば俺が担当する配信者って、どんな人なんですか?」


「そうね‥‥‥ちょっとだけ性格に難がある気難しい女の子かな?」


「えっ!? 俺って女性配信者のマネージャーをするんですか!?」


「何をそんなに驚いているの? もしかして女性配信者のマネージャーをするのは嫌だった?」


「嫌ではないんですけど‥‥‥」


「けど?」


「男の俺が女性のマネージャーをして大丈夫なんですか? もしこの事がバレたら、ファンの人達になんて言われるかわからないですよ」


「そんな些細なことなんて気にしなくても大丈夫よ。私達マネージャーは裏方の仕事なの。ファンの目に見えない所で動くんだから、男だろうが女だろうが性別は関係ないわ」


「そう考えると夢がないですね。ファンは推しのアイドルに男がいないかものすごく気にしてるのに、タレントと一緒に行動することが多いマネージャーが男だなんて。ファンがこの話を聞いたら驚きますよ」


「仕方がないでしょう。彼女をマネージメント出来る適任の人がいないんだから。色々な人が面接を受けに来たけど、社長は貴方が1番あの子のマネージャーに適任だと言ってたわ」


「あの社長がそう言ってたんですか!?」


「そうよ。私も面接の内容は詳しく知らないけど、面接をした人の中で1番配信者との距離感を大事に出来るって話してたわ」


「なるほど。それはそうかもしれません」



 俺は今までドルオタをしていたおかげで、他の人達よりも配信者との距離感がわかっている。だから会社は俺の事を採用した。そこまではわかる。

 だからといってほぼ新卒に近いような人間をいきなりマネージャーに任命することはないだろう。担当についての引継ぎもないようだし、一体この事務所はどうなってるんだ?



「なので私から貴方に1つだけアドバイスを送るわ。いくら綺麗な女性の担当者になっても、絶対その子に手を出したら駄目よ」


「もちろんです。売り物に手を出すなんてありえません」


「それがわかってればいいわ。マネージャーの中には配信者との距離感を間違った挙句、誤って肉体関係を持つ人もいるから。そこだけは注意してね」


「一応確認ですけど、そういう過ちを犯した人はどうなるんですか?」


「別の配信者のマネージャーに移動してもらうか、最悪会社を辞めてもらってるわ」


「ひぇ!?」


「橘君もそうならないように気を付けてね。この業界、そういう人が多いから」


「わかりました!! 絶対に間違いを起こさないように気をつけます!!」



 そんな事をしたらファンが激怒するだけでは済まないという事は俺が1番良く知っている

 下手をすれば暴動にまで発展する。先月まゆりんが引退した時のような事態が起こるのは、業界未経験の俺でも容易に想像できた。



「もうすぐ配信者の家に着くわ。橘君もバッグを持って、車から出る準備をして」


「わかりました」



 俺を乗せた車はマンションが立ち並ぶ住宅街へと入っていく。

 そして相馬さんはとあるマンションの近くにあったコインパーキングに車を止めた。



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ここまでご覧いただき、ありがとうございます。


続きは本日の19時頃投稿しますので、よろしくお願いします

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