第1章 翼をもがれたVTuber
第3話 新生活の始まり
「ここか」
まゆりんが引退して1ヶ月後。新品のスーツに身を包んだ俺はとある雑居ビルの前に来ていた。
「今日からこのビルが俺の仕事場になるのか」
都内のどこにでもあるような雑貨ビル。そこに俺が入社する予定の会社がある。
俺の家から電車で30分程度揺られるが乗り継ぎはなく、電車1本で行ける事が最大の魅力だ。
「思えばここまで散々だったな」
今までバイトの経験は多々あれど正社員の経験がなかった為、数多くの会社からお祈りメールをもらった。
それこそ落ちた会社の数を数えたら、両手両足の指では数えられない。様々な業種の会社に落ちたせいで、何度も心が折られた。
「それにしてもやっとの事で就職にこぎつけた会社が、よりにもよって芸能事務所だとは思わなかった」
採用担当の話では、俺はこの会社に所属するアイドルのマネージャーをするらしい。
らしいというのは最終面接でこの会社の社長に直接そう言われたからだ。詳しいことは俺の教育担当になる人が説明してくれると言っていた。
「それにしてもアイドルに裏切られてドルオタをやめた俺が、アイドルのマネージャーをするなんて皮肉なものだな」
神様は俺にどれだけの試練を与えれば気が済むのだろう。
元ドルオタの俺が現役アイドルのマネージャーをするなんて因果な物だ。
「とりあえず中に入るか」
就業時間10分前になったので、俺は会社の中へと入っていく。
入口に取り付けてあった受話器を取り自分の名前を言うと、すぐに中から人が出てきた。
「おはよう。待っていたわよ。貴方が橘啓太君ね?」
「はい。そうです!! (うわっ!? 美人な人だな!?)」
俺の目の前にいる眼鏡をかけた女性は、俺と同じぐらい背が高くスラっとしていてものすごく綺麗だ。
目つきが鋭く少しきつめな印象も受けるが、それを差し引いても美人なことに変わりはない。見た目からして、仕事が出来る女という雰囲気を醸し出していた。
「私が貴方の指導役になる、
「はい! 俺は橘啓太って言います。これからよろしくお願いします!! 先輩!!」
「そんな深々と頭を下げなくていいわよ。それよりもこんな所で立ち話はやめて、中で話しましょう。ついでに事務所を案内するわ」
「わかりました!! よろしくお願いします!!」
相馬さんに案内されて俺も事務所の中へと入る。
事務所の中はおんぼろな外観からは考えられない程整理整頓されていて、ものすごく綺麗だった。
「すごく綺麗な事務所ですね」
「ありがとう。この会社を設立した時、社長が内装だけリフォームしたのよ」
「なるほど。そうだったんですか」
あのたぬきのような風貌をした社長が事務所のリフォームをするため金を出したのか。それは意外だったな。
あぁいうタイプはこういう所に金を出し渋るタイプだと勝手に思っていたけど、どうやらそれは俺の思い違いだったらしい。
「ここが普段みんなで仕事をしている部屋よ。貴方の席もあるから、あとで案内するわ」
「ありがとうございます」
外観とはうって変わり、綺麗な事務所の中にはいくつもの机が並べられている。
だが俺は部屋の中にたくさん並べてある机を見てある疑問が浮かんだ。
「相馬さん」
「何?」
「この事務所って机の数に比べて、人が少なくないですか?」
「今日はみんな外出していていないのよ。配信者や動画クリエーターのマネージャーは忙しくて、現場仕事が多いの」
「配信者? アイドルじゃなくて?」
「そうよ。もしかして橘君、配信者って言葉を初めて聞いた?」
「いいえ、その人達の事なら知っていますよ。動画サイトに音声や動画を投稿する人やストリーミング配信ソフトで音声・動画を配信する人達の事を指す言葉ですよね?」
「大まかな使われ方としては間違ってないわ。私達の会社はネットで活動する配信者、属にいうクリエーターのサポート活動をしてるの」
「そうなんですか」
なんだか俺が想像していた仕事とは全然違う。
入社前の面接ではアイドルのマネージャーをすると聞いていたから、なんだか拍子抜けだ。
「なんだか浮かない顔をしているけど、どうしたの?」
「いえ!? 何でもありません!?」
「もしかして、ウチの社長が面接の時に話した会社説明と全然違ってた?」
「はい。正直俺はアイドルのマネージャーをするものだと思ってました」
「アイドルのマネージャーか。ある意味間違ってないんだけど‥‥‥」
「どういうことですか?」
「それは後で説明するわ。それよりも君には早速仕事をしてもらうから。私についてきて」
「はぁ?」
会社のろくな説明をされないまま、いきなり仕事を始めるのか。
普通入社初日は一通り会社説明を受けた後、書類やら何やらにサインをして雇用契約を結ぶはずなのに。いきなり仕事をさせられるなんて思わなかった。
「(まさかこの会社、ブラック企業じゃないよな?)」
そんな予感がひしひしとする。さっき相馬さんが俺達の仕事はクリエーターのマネージャー業務と言っていたけど、その実態はクリエーターの雑用係で時間内外関係なく、馬車馬のように働かされているのかもしれない。
「あのぉ」
「どうしたの?」
「俺、まだ雇用契約の紙とかもらってないんですけど‥‥‥」
「手続きが必要な書類はこの封筒の中に全部入っているから、名前と判子を押して明日私に頂戴」
「えっ!? 会社概要や業務内容の説明はないんですか!?」
「その辺りの説明は後でするから。とりあえず今は私に着いてきて」
「‥‥‥わかりました」
有無を言わさないこの雰囲気。どうやら俺はとんでもないブラック企業に入ってしまったみたいだ。
こんな足手まといを雇うのだから、ある程度ブラックだと最終面接の時に覚悟はしていたけど、この状況は俺の想像をはるかに超えている。
「こんな事になるなら、
「どうしたの、橘君? 早く行くわよ」
「はい!? 今行きます!!」
この後俺は何も反論できないまま会社を出て、上司である相馬さんが運転する車に乗り込む。
そして行き先を何一つ告げられぬまま、外回りへと向かった。
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ここまでご覧いただき、ありがとうございます。
続きは明日の8時頃投稿しますので、よろしくお願いします
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