義姉編

「起きて。朝だよ、ゆあ君」


「……ん、おはよう」


 柿茉しまと呼ばれて目が覚めた。今日は義姉の日か。

 俺達は父さん達の結婚によって家族きょうだいになった訳だが、年齢は同じで、誕生日も同じ。それ以前に恋人という事もあり、普段は特に意識していない。

 しかし、お互いに甘えたい、甘えて欲しい、そんな気分の時だけは違う。言葉では言わないが、お姉ちゃんやお兄ちゃんと呼んだり、いきなり甘えたりして、俺達は禁断の関係きょうだいカップルになるのだ。


「ほら、そろそろ起きるよ?」


「……分かった」


 そんな事を考えながら柿茉の胸に顔を埋めていた俺は、名残惜しさを感じながらも体を起こした。義姉弟になった時は基本的に全てを柿茉に委ねるという約束なので、柿茉に服を着させてもらうまで、裸で待つ。


「ゆあ君。服、着させて欲しい?」


「うん」


 柿茉はベッドから出て服を着ると、尋ねてきた。裸のままでは困るので、もちろん頷く。


「えー、私はそのままでもいいと思うんだけどな。ママ達にもゆあ君のかっこいい裸、見てもらおうよ」


 だが、柿茉は楽しそうに笑うだけだった。俺達の独占欲は凄まじいので、誰かに裸を見られるとは微塵も思っていない。

 それでも、過去には下着すら着せてもらえず、一日中部屋に居た事もある。身の回りの世話を全てされるのは流石に恥ずかしかったので、回避しなければ。


「お姉ちゃん、お願い」


 ――チュッ


「ふふ、よく出来ました」


 俺が気持ちを込めて懇願すると、頭を撫でてから、パンツを履かせてくれた。そしてタンスから出したのは、絶妙にダサくなるように組み合わされた洋服だった。柿茉にはファッションセンスがあるにも関わらずこれを選んだという事は、今日は出掛けるという事だ。




「一人でおしっこ出来る?」


「出来るから」


「ほんとに?」


「本当に」


 柿茉に歯を磨いてもらい、顔も洗ってもらったが、流石にトイレは自分でさせて欲しい。俺は必死になって説得して、無事に一人でトイレに入る。

 トイレから出ると柿茉は頬を膨らませていたけど、「手を洗うのは手伝って欲しいな」と言うと、機嫌が治った。




「ゆあ君。あーん」


 柿茉に手を洗ってもらった俺は、リビングで朝ご飯を食べさせてもらっている。両親も居るから少し恥ずかしいが、義姉弟になった時の恒例だ。こうして食べると普段の数倍は美味しく、幸せになるので、恥ずかしいのは我慢している。


「食べるのに疲れてきちゃったら、遠慮なく言ってね」


「疲れてないから、平気だよ」


「そう?ならいいけど」


 食事に疲れる事なんて滅多に無い。疲れたと言ったらどうなるのかも解っているので、嘘もつかない。

 両親の目の前で口移しなんてされたら、流石に羞恥心の限界を超えてしまうからな。


「そうだ、ママ。今日はお昼ご飯を作ろうと思うんだけど、二人分?四人分?」


「せっかくだし、私達の分もお願い。娘の手料理を食べたそうにしているから」


「わかった」


 父さんは少し悩んだような表情をしていたが、母さん曰く、食べたそうにしていたらしい。

 悩む気持ちはとても分かる。俺にとって最高に美味しい食べ物は、柿茉の手料理に決まっている。しかし、物心がついた頃から父さんと二人暮らしだったので、母親の味という物にも憧れがある。父さんも、娘の手料理に対して似た感情を持っているのだろう。






「じゃあ、行こっか」


「うん」


「「いってきます」」


「「いってらっしゃい」」


 柿茉にコートを着せてもらい、家を出る。

 鍵が閉まる音が後ろから聞こえるのと同時に、柿茉は繋いだ手をポケットにいれた。柿茉が着ているのは大きめのパーカーなので、手はお腹よりも下にあり、背徳と興奮を感じる。

 俺達が始めて繋いだ手をポケットに入れたのは、父さん達を結婚させる為に、大人の恋愛という物を調べた時だった。そんな事情もあり、なんなら裸で抱き合うよりも、大人っぽい行為だと今でも思っている。


 パーカーの中で恋人繋ぎをして、親指を擦り合わせたり、手の甲をなぞったりしながら、のんびり歩く。

 左、右、左、左、右と道を曲がると、スーパーマーケットが見えてきた。自動ドアを抜けると、店内に流れる独特な音楽が耳に入る。


「ゆあ君。お腹どれくらい?」


「んー、普通に空いてるよ」


「わかった」


 俺がそう答えると、柿茉は長芋を2パックかごに入れた。その後も手はずっと繋いだまま、俺が左手で買い物かごを持ち、柿茉が右手で食材を入れていく。難しいように思えるかもしれないが、俺と柿茉であれば、この程度は簡単だ。


「……どうしたんだ?」


「んー、何でもないよ」


 柿茉が幸せそうにしていた。何でもないと言いながらも、俺の後ろに視線を向けていたので、振り向く。


 あー、そういう事か。


 少し前に牛乳を買ったのだが、そこには綺麗に着飾った、胸の大きな女性が居た。俺が見向きもせず、気付いてすらいなかったのが嬉しかったんだな。


「ずっと一緒に居るんだし、今更だろ」


「それとこれとは別なの。っていうか、目で追っちゃうものじゃないの?友達とか、彼氏がデート中も他の女の胸を見てた!って叫んでたし」


「なんか、興味が沸かないんだよな」


「ふふ、なにそれ」


 なんと言えばよいのか。人それぞれ性癖があり、自分の性癖以外では興奮しないというのと同じだと思う。つまり、俺は生粋の柿茉フェチなのだ。






 買い物を無事に終えて、二人で一緒に手を洗い、キッチンに立つ。義姉弟の日なので料理は柿茉に任せるが、柿茉は山芋を触っていると徐々に痒くなってしまう。なので、皮を剥いたり、すりおろしたりといった山芋の下処理までは、俺の担当だ。


「んーと、こっちを剥いて、こっちはすりおろして」


「分かった」


 柿茉が舞茸をキッチンペーパーで軽く拭いたり、下処理をしている横で、俺は山芋を洗っている。こうしてキッチンに並んでいると、夫婦みたいでテンションが上がる。


「剥き終わったよ」


「うん、ありがと」


 俺は皮を剥いた山芋をまな板に置いて、もう片方をすりおろす。


「終わったらちゃんとゆっくりしててよね」


「わ、解ってるよ」


 柿茉に釘を刺されてしまった。俺の役割は、この山芋をすりおろしたら終わりだ。料理をする柿茉を見ていたいし、怪我をしないか心配だけど、義姉の言う事は絶対遵守だから仕方が無い。




「「「「いただきます」」」」


 俺と柿茉、父さんと母さんの声が重なり、昼食が始まる。

 今日のメニューは肉巻き山芋、山芋と舞茸のバターソテー、人参と玉ねぎのマリネの三品だ。

 普段は俺の好みに合わせてあまり野菜を使わない事が多いが、今日は父さん達も食べるからサラダもある。父さんは気付いてないみたいだけど、母さんは嬉しそうにしている。


「ふぅ……、美味い。最高」


 肉巻き山芋を食べさせてもらい、俺は幸せの溜め息を溢した。カリッと焼かれた豚肉の中に、その旨味をたっぷりと吸い込んだ、シャクシャクほろほろの山芋。甘辛い味付けが食欲をそそる。

 数多くある柿茉の料理レパートリーの中で、俺はこの肉巻き山芋が一番好きだ。


「ふふ、良かった」


「このキノコのやつも美味しいぞ」


「パパもありがと。ちなみにそれは舞茸ね」


 キノコとぼかして言ったのに対して、柿茉がしっかりと訂正する。父さんは料理の腕が壊滅的なので、キノコの種類はもちろん、キャベツとレタスの違いも分からない。

 俺を男手一つで育ててくれて、風邪を引いた時にはお粥も作ってくれた。感謝してもしきれないが、流石に大人としてどうなんだろうとは思ってしまう。


「あら、また腕を上げたわね」


「ほんとに?!やった!!」


 料理教室を開いている母さんに褒められて、柿茉が椅子の上で跳ねた。二人は親子でもあり、師弟でもあるので、相当喜んでいる。


「良かったね、お姉ちゃん」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべた柿茉に、今度は肉巻き山芋をとろろに潜らせてから、食べさせてもらった。こうすると更に美味しくなるから、病みつきになるのだ。








「さて、ゆあ君。心当たりはあるよね?」


「はい……」


 そんな幸せな昼食から一転。俺は部屋の床に正座をしていた。俺には柿茉に怒られる心当たりがあったので、無駄な抵抗はせずにスマホを柿茉に渡す。


「よろしい」


 柿茉の指紋は登録されているから、スマホのロックは意味を成さない。現代人にとって最も秘匿すべき情報の全てが、柿茉に晒される。


「これ。何でこんな漫画読んだの?」


「最初は間違ってタップしただけなんだけど、つい気になって……」


 柿茉が指差した閲覧履歴の画面には、https://smsя.co.ntr?/book/kyonyu_037743というURL。

 ネットサーフィンをしている最中に、漫画アプリの広告を踏み、あろうことか読んでしまったのだ。


「そっか。確かに続きが気になる始まりだったし、広告のページから次に移るまでに十分も間があるし。ゆあ君が感じた葛藤も、罪悪感も、後悔も。ちゃんと解ってる。でも、はダメだよね??」


「その通りです………」


 そう、これが俺の罪。読んでしまったのは、ヒロインが巨乳幼馴染の漫画だったのだ。柿茉という存在がいるにも関わらず、そんな漫画を読んでしまうなんて……。

 と言っても、柿茉は本気で怒っている訳では無い。何を読んでも、誰と会っても俺の愛が永遠に変わらないと知っているし、俺は柿茉が嫌がる事は絶対にしない。

 俺達には喧嘩の経験が無いから、こうやってほんの些細な事で、それっぽく楽しんでいるのだ。


「じゃあ、罰が必要だよね。ゆあ君。手、後ろ」


 ――ガチャリ。


 俺が手を後ろに回すと、両手を拘束された。内側がもこもこしていて痛くない上に、鎖を繋いだりする事も出来る手錠だ。


「立って」


 柿茉は俺を立たせると、嗜虐的な笑みを浮かべながらズボンを下ろし、パンツもゆっくりと下ろした。上半身は服を着ているのに、下半身は冷たい空気と柿茉の視線に晒される。


「じゃあ、今日は私が満足するまで、お姉ちゃん大好きって言いながらキスしてもらおうかな。唇以外で私に触れたら、足枷もしてお仕置きだから」


「……はい」


 なんて酷いんだ……。

 ただでさえ興奮する状況で、柿茉とキスをしたら我慢出来ないのは必然。にも関わらず、手を拘束されていて、唇以外で柿茉に触れられないなら発散させる事は不可能。

 つまり、柿茉の許しを乞うようにキスをして、発散させてもらわなければならないのだ。


「お姉ちゃん、大好き」


 ――チュッ。


 拷問の開始を告げるキスの音が、部屋に響いた。








 結論から言うと、我慢は出来なかったが、それは柿茉も同じだった。

 俺が口先だけで服をはだけさせて首筋や鎖骨、胸元までキスをしたり、愛を囁きながら耳を舐めたりして、柿茉を興奮させたのだ。

 その結果、俺の両手は自由になり、上半身も脱がされてベッドに連れられた。


 事が終わったのは22時。未だ寒いにも関わらず妙に汗を掻いた俺達を見て、両親が呆れ、リビングが生暖かい空気に包まれたのは、致し方が無かったと思う。

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