45 ネモフィラとルピナス
「よし、お腹も膨れたしもうちょっと歩こう。ハナ、足は疲れてないかい?」
「疲れてないけど、次はどこに行くのー?」
「んーっと、診療所」
確かステラは癒しの魔法の使い手が教会で病人を有料で治療しているけど、他国だと医者が医術で治すのが一般的だとロサさんから聞いている。
月桂樹がハートを模ったシンボルの吊り下げ看板がぶら下がる小さな診療所にリシュリューが入っていく。診療所の中は観葉植物で溢れている。奥から白衣を着た優しそうなお爺さんが診察室から出てきた。
「こんにちは、ビャクダン先生」
「やぁリッシュ君こんにちは」
「ルピナスの見舞いに来ました、あとこれは今月の治療費です」
「確かに受け取ったよ。中へどうぞ」
医師は小さな巾着を受け取って診察室へ戻っていった。
「ねぇ、先生にリッシュ君って言われてたけど、いつもその姿でお見舞いに行ってたの?」
「魔塔主として見舞いに行ったら、ぞろぞろ護衛が付いてくることになっちゃうからね、俺はリシュリューの遠い親戚のリッシュって事にしてるんだ」
病院内なので小声で会話をする私達。リシュリューの後をついて診察室の隣の部屋の中に入ると、カーテンで仕切られたスペースにあるベッドの上で十ニ、三歳くらいに見える竜族特有の角の生えた水色の髪の少女が静かに寝ていた。ベッドの脇に飾られている花瓶の黄色のガーベラがしおれているのが気に掛かった。傷んだ葉を取って、茎をハサミで切ればまた元気になりそう。
「この人は……?」
「魔道具専門店にいたネモフィラの姉のルピナス、この子は緑欠病なんだ。いまは落ち着いているけどふとしたことで突然息切れや呼吸器困難になってしまう。自分の代わりにたまに見舞いに行ってほしいとネモフィラから治療代を預かってこうして見舞いに来ているんだ」
ドラが心配そうにルピナスの周辺をくるくる回って飛んでいる。
「このまま起こさずそっと出ていこう」
「そうだね」
帰る間際、黄色のガーベラが上向きになって元気になっていることに気付いた。いつのまにかリシュリューが魔法でやったんだろうか。私達は静かに診療所をあとにした。
「ねぇリッシュ、緑欠病って治るの?」
リシュリューの表情が曇った。
「研究医によると体内の血液に魔素が巡った時に、なんらかの原因で血液に異常が起こって発症してしまうのが緑欠病で、魔法や薬で一時的に良くなっても体が魔素を吸い込むとまた症状が出てしまう治療不可の病気なんだ。緑欠病の発症例が他国に見られないのはうちの国に緑が少ないのが原因なんじゃないかって言われてる」
確か、アルバからそういった話を聞いた覚えがあった。
「ここは南大陸でも最北部で比較的緑がある方なんだけど、南にいけば行くほど緑が少なくて大陸の半分は砂漠化している状態だよ。砂漠に人工林を作ろうと苗木を植えたり種を蒔いたりしてたけど全然育たなかった。合成素材で擬似的な林を作ってみたりしたけどそれもうまくいかなくてね。今は魔法と科学の力で人工的な土壌を作って、新たに交配して改良させた木の苗を育てたりしているところなんだ。俺も直接植えにいったんだよ」
掴みどころのない人だと思ってたけど、意外にしっかりとした真面目な人なのかもしれない。
「ねぇ、そのリッシュが植えた場所見てみたい」
「見ても面白くないと思うけどー?」
と言いつつも私の肩を抱き寄せて再び転移魔法を使って移動してくれた。
「ここだよ」
急に日差しが強くなって、足元が砂利へと変わった。
クリスタルで作られたようなドーム状の建物の中に入ると、綺麗に整列した沢山の苗が、人工的な風に吹かれて揺れていた。
「一つ一つ願いを込めながら植えたんだ」
真摯な瞳で苗を見つめるリシュリュー。
「連れて来てくれて、ありがとう」
建物を後にして、このリシュリューの活動がうまく行くことを強く願った。
「無事に育ってくれるよう祈っておくね」
――どうかこの大地に緑の恵みを与えて下さい。
パアアアアアア!!
『ドラッ?』「えっ?」「何だ?」
発光体のドラの光が眩しい光を放ち始めた。
『ドラーッ! 何でも出来そうな力が湧いてくるドラ!』
そう言い残して、ドラは光を放ちながら天高く緑色の放物線を描いて上空に飛んでいった。
放物線の一番高い地点に到達すると、花火のようにパァーンと弾けた。弾けた光は広範囲にゆっくりと流れ落ちていく。
ええーっ⁉︎ ドラってば一体どうしちゃったの? ドラの花火を最後まで目を凝らしてよく見ると、私の元にプスプスと音を立てながら花火の燃えカスのようなものが飛んで来たので、両手を重ねて手のひらでキャッチ!
『ド……ドラ』
「ちょっと、ねぇっ大丈夫?」
『……』
「今の光はマナの光か? ハナの祈りって? 今のは一体何だ?」
珍しく取り乱した様子のリシュリュー。
「えーっとごめんリッシュ、私達を周りから見えなくする魔法使ってもらってもいいかな」
「簡単さ! 『竜言語魔法【認識阻害】』」
私達の周りにシャボン玉のようなバリアが出来た。
「これで周りからは見えないよ、ついでに音も消しておこうか、『竜言語魔法魔法【音声遮断】』」
シャボン玉のようなバリアがさらに分厚くなった。
「ありがとう!」
まだプスプスしてるドラを地面に置くと妖精姿に戻った。どこも怪我してないように見えるけど目は閉じたままだし体にはすすがついている。
私は心の中でイメージした金のジョウロを手に取り、ドラの頭の葉っぱに向けて水を流す。
するとドラの体が再び輝き出し頭の葉っぱがみるみるうちに一枚増えて四枚になった。すすもきれいに流れ落ちてツヤツヤになったドラは目を覚ましムクッと自ら起き上った。ホッと一安心。
『ハナの祈りがドラに力をくれたドラ』
「飛んで行って何したの?」
『分からないドラ!』
分かんないんかいっ! ……悪いことではない事は確かでしょう。……あぁ、頭がぼうっとする。ドラとリシュリューの声が聞こえる……。
「ハナ! 聞こえるかハナ⁉︎」
『ハナはマナを失って元気が無くなってるドラ』
「どうすればいい? 何でもいいから教えてくれ」
…………。
……………………。
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